高齢者にも筋トレが必要?

1. 死亡率を下げる

2015年発行の医学雑誌『ランセット』に掲載された、14万人を対象にした「握力と死亡率の調査」では、握力は全身の筋肉量を反映する指標になり、握力が5kg低下するごとに、死亡率が14%増加することが示されました。
【タイトル】The Lancet(2015年 5月 13日 発刊)
【著者】Leong DP., Teo KK., Rangarajan S. ほか
【出版】Elsevier
さらに、2016年には同誌で約400万人を対象とした、死亡率の大規模調査の結果が報告されています。これによると、肥満度の上昇とともに、死亡率の増加が確認され、過度の肥満では死亡率が171%増加することがわかりました。
【タイトル】The Lancet (2016年 8月 20日 発刊)
【著者】Emanuele Di Angelantonio, Shilpa Bhupathiraju, David Wormser ほか
【出版】Elsevier
【該当する項】体格指数および全原因死亡率:4大陸における239件の前向き研究の個人 - 参加者 - データメタ分析。
これらの結果から、筋肉の減少と脂肪の増加は、死の可能性を高めるといえます。
そして、筋肉の減少と脂肪の増加どちらもが合わさると、残念なことに死亡率はさらに増大すると思われます。
ですので、日頃から運動を行って筋肉をつけ、それを維持する必要があります。

2. ケガや介護を予防できる

内閣府が発表した、高齢者が要介護になる主な原因では、転倒・骨折12.2%、関節疾患11.0%というデータが出ています。
【タイトル】平成28年版高齢社会白書(全体版)
【著者】内閣府
【出版】内閣府
【該当する章】第1章 高齢化の状況、第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向(3)『65歳以上の要介護者等の性別にみた介護が必要となった主な原因』
しかし、筋肉をつけることにより、関節の動きがサポートされ、関節疾患を防ぐことができます。
それだけでなく、関節の動きがスムーズになると、転倒やそれによる骨折など、ケガのリスクを減らすことにもつながります。
このことから、健康寿命を延ばすためには、筋トレにより筋肉をつける事が非常に重要になってくると考えられます。

3. 血圧を下げる

アラバマ大学のマクドナルドやルウィントン教授などが発表した研究では、筋トレには血圧を下げる効果があると確認されたそうです。
具体的には、高血圧の被験者の血圧を筋トレによって5mmHg下げることが示されました。5mmHgの血圧低下は、高血圧による心筋梗塞のリスクを5%、脳卒中のリスクを8%、死亡率を4%減少させることが示唆されています。
●引用文献
【タイトル】筋トレが高血圧を改善させる〜その科学的根拠を知っておこう
【著者】庵野拓将
【出版】リハビリmemo

●孫引き引用文献
【タイトル】 Dynamic Resistance Training as Stand-Alone Antihypertensive Lifestyle Therapy: A Meta-Analysis.
【著者】MacDonald HV, et al.
【出版】J Am Heart Assoc. 2016 Sep 28;5(10).
このように、筋トレでは筋肉をつける以外にも、血圧をさげる効果も期待できそうです。
それだけでなく、血圧が下がることによって心筋梗塞や脳卒中のリスクも下げてくれます。
つまり、筋トレを行うことは、健康寿命を延ばすことにつながると言えます。

高齢者向けの筋トレメニュー

1. タオルギャザー

『タオルギャザー』は足の下に敷いたタオルを足の指で引っ張る筋トレです。
足底の筋肉を鍛えたり、足指の運動機能を向上させたりすることができます。

今まで運動をしていなかった方でも始めやすく、ウォーミングアップにも非常に適しているので、ぜひチャレンジしてみましょう。

【やり方】
① バスタオルを床に敷き、その上に片足をのせます。
② タオルを手繰り寄せるように、足の指を「グー、パー、グー、パー」と動かします。
③ このタオルを手繰り寄せる動きを、それぞれの足で5~10回行います。

2. スクワット

『スクワット』は太ももやお尻の筋肉を鍛える筋トレです。
以下の3つの理由から、高齢者にぜひ取り組んでほしトレーニングといえます。
1つは、下半身の筋肉は上半身に比べて3倍のスピードで衰えていくという説があることがあげられます。もう1つは、人体の筋肉の多くは下半身についているので、筋肉量を増やすなら、下半身からが合理的であること、最後は、転倒による骨折のリスクを減らせることです。

ここでは、誰でも簡単にできるスクワットのやり方をご紹介します。

【やり方】
① 立った状態で足を肩幅程度に開き、しゃがみやすくなる程度に足先を少し外側に向けます。
② お尻を後ろに引くように、腰を落としていきます。このとき、膝が足先より前に出ないように注意しましょう
③ 膝関節が90度くらいになるまで膝を曲げたら、ゆっくりと①の姿勢に戻ります。

膝関節90度曲げるのは、あくまで目安ですので、バランスが保てて膝や腰に痛みがないのであれば、しっかりしゃがみ込むまで膝を曲げても大丈夫です。
回数、セット数、インターバルは事項を参考にし、負荷を増やしたい方は、ペットボトルやダンベルなどを持って行うと良いでしょう。

3. サイドレイズ

『サイドレイズ』では、肩の筋肉である『三角筋』が鍛えられます。
三角筋は人体の体積比では4番目に大きく、上肢にある筋肉としては、最も体積が大きいです。そのため、三角筋を鍛えることは、筋肉量を増やすのに効果的だといえます。
また、高齢になると、あまり肩を上げる動作をしなくなるため、肩の靭帯や筋腱が硬くなって腕が上がらなくなっている方も少なくありません。サイドレイズはこれを予防するためにも、おすすめの筋トレです。

【やり方】
① 直立した状態で、両手にそれぞれダンベルを握り、体の側面に下ろします。
② 肩の腱を痛めないように、親指を少し上に向けます。
③ 腕を横に開くようにダンベルを体側から離していき、肩の高さまで上げます。
④ 腕が床と平行になったら、そこで1秒間程度静止します。負荷が重ければ、軽く肘を曲げても大丈夫です。
⑤ ゆっくりと腕を下げていき、スタートのポジションへ戻っていきます。

ダンベルがない場合は、ペットボトルで代用してもOKです。
回数、セット数、インターバルは事項を参考にしてください。

筋トレの時間と頻度

最近の研究で、高齢者が効率的に筋肉をつけるために必要な筋トレの時間と頻度が提唱されていますので、参考としてご紹介します。
① 筋トレの頻度:週3回
② 適切な負荷:最大筋力(1回で上がる限界の重さ)の51~69%
③ 重りを上げる回数:7~9回繰り返す(1回の動作に約6秒の時間をかける)
④ 各種目のセット数:2~3セット
⑤ セット間の休憩:120秒の休憩
⑥ 効果が得られる期間:52~54週以上続ける
【タイトル】Dose-Response Relationships of Resistance Training in Healthy Old Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis.
【著者】Borde R, Hortobágyi T, Granacher U.
【出版】National Center for Biotechnology Information, U.S. National Library of Medicine
上記は、筋力の強化を目指す目的で行うトレーニングの目安です。
筋力の強化ではなく、血圧を低下させるためには、最大筋力の60%程度の重量で、10〜12回、3セットのトレーニングを週3回実施することを推奨しています。

ただし、この目安ばかりに合わせようとせず、身体の様子をみながら、実施しましょう。
普段運動習慣のない方が、急に週3回の運動を始めようとすると、短期間で挫折してしまいます。運動は短期にたくさん行うより、長期的に継続する方が、よりメリットが大きいです。目安に近づけるよう、少しずつ回数や頻度、負荷を上げていきましょう。

高齢者の筋トレの注意点

1. 運動前に血圧測定

普段から血圧が高い方は、筋トレ前に血圧を測定しましょう。
血圧が高いままトレーングを行うと、脳内出血などの発生リスクが高くなります。特に、朝方に高くなる『早朝高血圧』の方は、血圧の正常な方に比べ、脳卒中や心筋梗塞の発症が高くなります。
そのため、運動前に血圧測定を行い、高い場合は運動を控えましょう。

2. こまめに水分補給

運動に集中しすぎている時や、汗をかいていない時は、ついつい水分補給を忘れがちですが、脱水には注意が必要です。
脱水による熱中症の発生だけでなく、水分の少ない血液は『血栓(血の塊)』を作りやすく、心筋梗塞や脳梗塞の発生につながってしまいます。
筋トレ最中だけでなく、筋トレ前後もしっかりと水分補給を意識的に行いましょう。

3. 痛みが出たらストップ

痛みは身体に対する危険信号です。筋トレ中に痛みを感じたり、もともと疾患があったりする方は、無理をせずに一度筋トレを中止しましょう。
短期的に無理をするより、ゆっくり継続して習慣化することの方がメリットは大きいと思います。

4. タンパク質を摂取

日本人の高齢者は、タンパク質が不足しやすい食事をしていることが多いようです。
肉、魚、卵など、好みの動物性のタンパク質を今までより少し、多く摂るようにしましょう。タンパク質が足りない状態で筋トレをしても、筋肉の成長ができないばかりか、栄養不足につながります。
少し食べ過ぎかなと思うくらい積極的にタンパク質を摂取しても良いでしょう。

おわりに

高齢者向けの筋トレメニューとやり方、筋トレを行う際の注意点をご紹介しました。

最近は、年金の受給者資格の年齢が上がり、楽しい老後を過ごすためには、健康でいられることが重要になってきました。筋肉をつけることは、年齢を問わずメリットがありますが、高齢者の健康を保つためには、特にその役割が大きいといえます。
小さい習慣の変化が、大きなメリットを生み出してくれます。無理をせずに筋トレにチャレンジしてみましょう。

監修

・総合診療医 院長 豊田早苗

・総合診療医 院長 豊田早苗

専門分野
総合診療医

経歴
鳥取大学医学部医学科卒業。2001年 医師国家試験取得。
2006年とよだクリニック開業。
2014年認知症予防・リハビリのための脳トレーニングの推進および脳トレパズルの制作・研究を行う認知症予防・リハビリセンターを開設。

資格
医師免許

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