はじめに

発達障害の1つであるADHDは、子どもの頃に障害が治ってしまうものではなく、大人になっても障害が残る人がたくさんいるのです。また、発達障害は、その障害という言葉からかなりネガティブなイメージが伴っています。しかし、ADHDであって世の中に役立つ業績を残している人が大勢いるなど、その症状内容も含めて非常に分かりにくい障害です。

まずはADHDとはどのようなものかを理解するようにしましょう。

ADHDって何? 病気なの?

ADHDとは?

ADHDは日本語で正式には、注意欠如・多動性障害もしくは注意欠如・多動症と言います。一般的には注意欠陥多動性障害とか注意欠陥障害と呼ばれています。

注意を集中してそれを持続することができず、したいことを我慢したり、公的な場であっても静かにしていたりじっとしていたりすることが難しいという特徴があります。これらの特徴が高度に目立つことにより社会生活での著しい困難が生じているときは、ADHDであるとすることができるでしょう。

脳の機能が原因

ADHDの確定的な原因はわかっていません。しかし、脳に機能不全のあることが分かってきつつあるのです。例えば、状況に応じてしていいことと悪いことを適切に判断する前頭前野や、衝動性を抑制する大脳基底核とくに尾状核などの萎縮があるとの報告があります。また、脳血流量の低下や脳内のドパミンやノルアドレナリンという物質の不足があるともされています。

ADHDの人が場にふさわしくない不適切な発言をするのは、これらの脳機能不全が関与しているとの説が有力なのです。

性格や人格、しつけとは無関係

ADHDは脳機能の不全状態が本質です。しつけや性格の問題ではありません。ただし、虐待などがあるときは、ADHDの症状が悪化する可能性はあります。また。虐待とまでは言えないものの、ADHDの症状を矯正しようとして厳しすぎる指導をおこなったときには、やはりADHDの症状は悪化する可能性があるので注意が必要です。

誤解されやすい症状が目立つ

ADHDの人は、友人や同級生、同僚などから誤解される行動をとりがちです。例えば、次のような行動です。

・興味のあることは率先してするのに面倒なことはしない。
・身勝手で思いやりがない行動や言動。
・思いついたままを口に出して人を不快にする。
・空気が読めない。
・食器など何日も洗わず掃除もしないので不潔。

こんな行動パターンも、ADHDの人は性格からそうするのではなく、それがADHDの症状なのです。脳の総合的な機能不全から生じる症状で、このような行動となってしまいます。自分でもこれではいけないと分かってはいるのですが、脳がそう反応させてしまうのです。

ADHDの症状―子ども編

ADHDは、日本でも『片付けられない女たち』という大人のADHDについての訳本が出版されたことで、一般にも知られるようになりました。

現在では医療や教育現場でもADHDという概念が定着し、療育という援助がえられる機会が増えているのです。そして、それら関係者のADHDへの意識が高まったことにより、早期にADHDであると診断される子どもが増えてきています。
ADHDであると小さいころから診断されることは、適切な療育を早期に受けられるというメリットとともに、ADHDすなわち発達障害であるとのレッテルを貼られることで、子どもの自尊心が損なわれる可能性もあるというデメリットも同時に生じているのです。

現在では、ADHDは病気ではなく一般とは異なる個性であると見なされるようになっています。ですから、子ども自身の自覚と周囲の支援や配慮によって、普通に振舞う方法を学ぶことができるのです。こういった療育といわれる対応を受ける時期は、早ければ早いに越したことはありません。早期からADHDの療育を受けることは、大きなメリットを生むものです。

その一方で、ADHDというレッテルを周囲の人が貼ってしまう危険もあります。この子はADHDだからできなくても仕方ないと決めつけてしまい、粘り強く寄りそって子どもの可能性を伸ばしていくことを、諦めてしまうという危険です。さらに、ADHDであると子ども自身が知ってしまったときには、このレッテル貼りを、自分自身でしてしまうことがあります。自分で「ぼくはADHDだから何をしてもどうせできっこない」というようにレッテルを貼ってしまうと、子どもの自尊心は低下しきってしまうことになるのです。そして意欲まで低下して、無気力な子どもになってしまう可能性もあります。この無気力さは大人になっても続いてしまうことになるのです。

さて、このADHDの子どもに特徴的な症状とは、どのようなものでしょうか?ADHDでは不注意と多動性、衝動性という3つの領域の障害が認められます。そして、これらの3つの領域のどれが目立っているかによって、ADHDは3つのタイプに分けられるのです。多動性と衝動性の障害が目立つタイプ、不注意が目立つタイプ、両方が同じくらい目立つタイプです。それに加えて、単純にそれらの領域に分類できない特徴もあります。それらを少し詳しく解説していきます。

まず不注意領域の障害です。これには不注意と優先順位がつけられない、片付けが苦手という症状があります。

不注意

ADHDの症状でまずあげられるのが不注意という症状です。注意を向け続けられる範囲が非常に狭くかつ移ろうといえばいいでしょうか。

イメージとしては、ちょうど水中メガネをつけて、あっちを見たりこっちを見たりキョロキョロと世界を見ているといったイメージです。水中メガネをつけると視界が極端に狭くなって、ちょっと顔を動かすだけで今まで見えていた景色が見えなくなります。
これと同じようにADHDの人は、今していることから他のことに注意が移ってしまうと、さっきまでしていたことは注意という視界(作業記憶あるいはワーキングメモリー)から消えてしまって、結果として注意が散漫になるのです。

・同じ年の他の子供より怪我をしたり机の角にぶつかったりすることが多い。
・忘れものや無くしものが極端に多い。
・他人の話を聞いていないように見えるとか話の内容を覚えていない。

このようなことが不注意症状の内容です。

優先順位をつけるのが苦手

これは段取りを立てて効率よく課題をこなして行くことができない、と言い換えることができます。物ごとをするにあたって、今しなくてもいいことに過度に熱中してしまい、今しなければならないことから注意がそれてしまうということもありますが、それよりは、注意の対象が次から次へと移ってしまうことが原因です。

例えば、学校の宿題をしてからアニメビデオを観るという計画を立てたとしましょう。「宿題をするために机に座り、鉛筆を持って宿題を始めようとする→鉛筆の芯が短くなっていることに気づく→鉛筆削りを探しはじめる→机の上のドラゴンボールの絵に目が止まる→観おわっていないアニメのビデオが気になりだす→急に観たくなる→宿題を放っておいてリビングにビデオを観に行く→弟が新しく買ったゲームをしているのが目に止まる→ビデオのことはもう忘れて、弟と一緒にゲームをはじめてしまう」というようなことが頻繁に起こるのです。

片づけが苦手

片付け自体に興味がないときには、したくないから先延ばしするという状態になります。
一方で、片付けに興味関心があるときには寝食を忘れて片付けに取り組みます。通常は片付けには関心がないうえ、散らかったりしていることを気にしないので、片付けることができないのです。

片付けをはじめても、片付けている途中で目についたことに注意が移ってしまい、脱線して片付けが中断されることもあります。

興味関心にムラがある

ADHDの子どもは、すぐに他のことに興味関心が移ってしまいます。逆にその時に興味関心があることに熱中する過集中と言われる状態にもなるのです。
これは自閉症スペクトラム障害(ASD)といわれる別の発達障害に見られる、特定の領域に特別の関心を示して、◯◯博士などと称されるというような特徴とは少し異なります。何か、その時に興味があることであったり、すごく新鮮で目新しいことに興味関心の焦点が移ってしまって、そのことをし始めるとトイレに行くのも忘れて集中してしまうという状態です。

ASDの場合と異なるのは、興味関心の対象が変わることがないASDとは対象的に、ADHDでは、興味関心の対象がその都度変わるということです。

多動

多動性の亢進している子どもは、他の子どもに比べて本当に落ち着きがありません。じっとしていられないのです。授業中にでも席を立ったり走り回ったりします。そこまで酷くなくても、貧乏ゆすりや手遊びをしたりキョロキョロあたりを見回したりしているのです。そのため、学校で授業を受けたり整列してじっとしているのが苦痛で、集団生活で問題視されることになります。

幼い子どもというものは、普通でも静かにしていられないものです。しかし、ADHDの子どもは、小学校に行くような年齢になっても落ち着きがないままなのです。それ故、周りの大人や仲間から、問題のある子だと思われてしまうことになります。しかし、これは脳の機能不全によって引き起こされている症状なのであって、性格やしつけのせいではないのです。

衝動

衝動性の問題とは、したいと思ったことを我慢できないというよりも、気がついたらしていたというイメージに近いかもしれません。順番を待てず割り込んだり、不適切な発言をしてしまったり、必要もないのに高所に登るなど危険な行動をしたり、他人が真剣に何かしているのを邪魔したり、人の物を無断で使ったりするなどというものです。

ADHDの症状―大人編

大人のADHDに特有の症状というものはありません。基本的には子どもに見られる症状と同じです。

ただ、子どもの場合には多動性や衝動性の問題が表面的には目立つのに対し、大人の場合は不注意が問題の中心となります。多動性は大人になるまでには改善していることが多く、衝動性についても痛い目に会うことの繰り返しから学習することで、改善することが多いのです。

しかし、不注意は大人になってからも持続することが殆どであり、これが大人になってから大きな問題となリます。

うっかりミスが多い

大人になって、特に仕事に関しての不注意は、職務上でのダメな奴という評価が定着してしまいます。

不注意で一番よく起こるのは、うっかりミスです。数字の見間違いや入力ミス、発注数量のミス、メールや書類の宛先の間違い、メモと間違えて領収書をシュレッダーにかけるとか、予約する飛行機の行き先や予約日の間違いなどなど、信じられないようなミスをしてしまいます。

このうっかりミスを防ぐのは至難の技です。有効な実用的対策が立てにくく、他人によるダブルチェックなど周囲の人に協力してもらったり、指さし確認するとか定規を当てて1行ずつ確認していくなど、健常人に比べて能率が悪い方法でしか対処できません。それでもミスしたことをやり直すよりは時間を節約できるのです。

片づけができない

これは子どもの場合と同じです。先に述べたように、興味関心が片付けに向けられたなら、徹底的に片付けることができるから不思議です。

空気を読むのが苦手

ADHDの人は興味関心の対象が自分中心であるため、その場の状況に応じた発言や行動を行うのが難しいのです。

例えば、話をしている人の中に子どもができずに困っている女性がいたとしても、「子どもって40になる前には作っておかないと大変よねぇ」とか、ガンの手術をしてから復職してきた人がいる前で「◯◯(芸能人の名前)って、本当はガンで死んだんだって!」とかいう話をしたりします。周囲の人やその場の状況に注意が向かず、自分の頭に浮かんだことを衝動的に口に出してしまうのです。

あるいは、仲間うちで互いの釣り自慢をして盛り上がっているところに、釣りはするけれど、そこまで釣りが大好きとはいえないADHDの人が話に加わってきたとします。
ある人が「僕は先週メバルを100匹釣っちゃってねぇ!大量だったよ!」と自慢したところ、別の人が「いや僕は6kgの鯛が2匹だったのよ!」と自慢くらべです。そこにADHDの人が割って入ります。「鯛!鯛っていいですね!この前、寿司屋で食べた鯛が最高で!美味いのなんのって!それもおごってもらったの!しかも、これが超高級寿司屋!銀座の超高級店ですよ!というのも、そのおごってくれた相手っていうのが実は僕の幼馴染で社長やってるの!年商20億だって!創業3年でだよ!ほんとすごい…(延々と喋り続ける)」といった具合になってしまいます。釣り自慢をし合って楽しんでいるところに、話題の中心を自分の関心のあることに移してしまって、一方的に会話を横取りしてしまうという状態となってしまいます。このように空気が読めない言動が頻繁に見られるのです。

得意・不得意の差が激しい

ADHDの人は、興味関心のあることには過度に熱中するため、それに関することの知識には秀でていること多いものです。しかし、興味のないことには全く手をつけないか先延ばしして、そのことをしないため不得意になります。

たとえば自動車に興味があるADHDの人は、車の種類やエンジン性能とかについては非常に詳しいのに、エンジンオイルを自分で替えられない人はたくさんいます。これは、その人にとって自動車の整備が興味関心の対象外になるからです。

一度に複数のことをこなすのが苦手

典型的な例は、電話で話を聞きながらメモを取れないことです。

これらはワーキングメモリーといって、作業をするときに必要な記憶を一時的に保存しておく記憶の容量が小さいことから生じます。電話で話を聞きながら内容をメモするようなとき、メモしているときには「メモしている内容(先に言われた内容)」と、そのメモをしているときに電話の「相手がいま話している内容(メモしている内容の後に話している内容)」の両方を、ワーキングメモリーに保存しておかなければなりません。このメモリーが小さいので、「メモしている内容」か、「相手がいま話している内容」かのどちらかしか記憶できないのです。結果として電話を聞きながらメモとることができません。

集中していると他のことが一切耳に入らない

過集中といわれる状態により生じます。興味のあることや切迫してしなければならないと認識したことには過度に集中してしまうので、そんな過集中になっているときには他のことが耳に入らなくなってしまうのです。

このような過集中の状態になっているときには、名前を呼ばれたり電話がかかってきたとしても、それに気づかないのです。周囲の人は、無視されたと感じたり、自分の仕事しかしない我ままなヤツだなどという印象を持ってしまうかも知れません。このようなことが度重なると、ADHDの人は嫌悪の対象になってしまうのです。

悪いところばかりではない! ADHDの優れた点は?

ADHDの人には才能と言えるような優れた点も多いものです。例えば、健常人には思いもつかないようなユニークなアイデアを思いつくので、商品開発や企画などで才能を発揮する可能性があります。また、興味のあることなら異常に熱中する特性により、研究職に向いていたりするのです。トーマス・エジソンの例を思い起こすといいでしょう。

もしあなたやあなたのお子さんや友人がADHDであるなら、苦手の克服もさることながら、得意分野をより伸ばして個性と自信を育むように視点を変えてみてください。やがて大輪の花を咲かせるときが来るかもしれません。

まとめ

ADHDの人は、なにか問題児であるとかダメな奴というイメージを周囲の人から持たれがちです。 それ以上に、ADHDの人は自分でも問題児であるとかダメ人間であるなどと、自分自身で自分にレッテルを貼ってしまいます。そうなれば自信をなくして自分の個性とよさを発揮できなくなります。しかし、ADHD特有の、好きなことにはとことん集中して極めることができるという大きな強みもあるのです。

そういった強みを生かすためには、周囲の人の理解と支援を必要とします。もし、あなたの周りにADHDだと思われる人がいるなら、本記事でADHDとADHDである人についての理解を深め、ADHDの人の力になってあげてはいかがでしょうか?

監修

・精神科医 米澤 利幸

・精神科医 米澤 利幸

専門分野 
社会不安障害、不安障害、うつ病

経歴
昭和58年 島根医科大学(現島根大学)医学部 卒業
平成 9年 福岡大学精神神経科外来医長
平成12年 赤坂心療クリニック院長

資格
医学博士
精神保健指定医
日本精神神経科学会専門医

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