はじめに

動悸(どうき)といえば、心臓など体の病気を思い浮かべるのが普通でしょう。しかし、動悸は心の病気でも生じてくるのです。普通は感じることのない自分の心臓の鼓動を感じることを、動悸といいます。

そして、動悸の原因が分からない場合には、心臓麻痺を起こすのではないかという不安さえ呼び起こすものなのです。動悸が体の病気から生じているのであれば、この不安は病院に行く行動をうながすため役にたつ不安になります。しかし、動悸が心の病気から生じているとすると、この不安は動悸や病状全般を悪化させてしまうのです。

体に異常がないのにもかかわらず動悸がするなら、心の病気が隠れているかも知れません。ここでは、動悸を生じる心の病気について解説します。

動悸が生じる心の病気

心の病気の中でも動悸を起こしやすいものは、不安障害に分類されるパニック障害、全般性不安障害、広場恐怖症、社交不安障害です。また、強迫性障害や心的外傷後ストレス障害(PTSD)、うつ病でも動悸が生じることがあります。以下に、それぞれの病気を簡単に紹介します。

不安障害

もっとも動悸を起こしやすい病気のグループです。このグループには多くの病気があります。ここでは動悸を生じやすい代表的な病気を取り上げました。

①パニック障害

動悸が生じることが最も多いのがパニック障害です。パニック障害であると診断するためには、「パニック発作」と「予期不安または回避行動」という症状のあることが必要とされます。

パニック発作

パニック発作とは、予測できない繰り返し生じる著しく激しい不安発作のことです。パニック発作では、動悸やめまい、発汗、窒息感、死ぬかもしれないという恐怖感などが生じます。パニック発作自体は、普通は30分以内にはおさまるものです。パニック発作で死ぬことも発狂することもないのですが、パニック発作を生じている人はそうなるのではないかと恐怖を感じてしまいます。

予期不安

予期不安とは、パニック発作が生じたらもうおしまいだなどと恐れ心配することです。さらに、人前でパニック発作が生じてしまったら、著しく取り乱し抑制力をうしなってしまうなどと心配することも含まれます。つまり、パニック発作が生じること、あるいはパニック発作が生じた結果ひき起こされる状況や自分の立場もしくは面目に対する持続的な心配です。

回避行動

これはパニック発作が生じそうであるとか、パニック発作が生じると困る場所や状況を避けるという行動のことです。回避行動を取れないときにパニック発作にまでは至らない不安が生じれば、それは広場恐怖症というパニック障害とは別の病気が生じていることになります。少し分かりにくいのですが、最新の分類では、広場恐怖症はパニック障害とは異なる別の病気であるとされているので注意が必要です。
パニック障害には、様々な体の要因が関係していると考えられています。まず関係があるとされるのは遺伝的影響です。パニック障害に関連する遺伝子は分かっていません。しかし、パニック障害である患者の親子兄弟など、遺伝子が50%共通する親族での発病リスクは一般人の8倍もあり、一卵性双生児では片方がパニック障害であればもう一方がパニック障害である確率は約24%、二卵性双生児では約11%、一般人口では約2%であるとの研究もあります。このように遺伝的要因が、パニック障害の発病に関係していることが有力視されているのです。

また、脳科学的には、扁桃体という不安や緊張を調整している脳組織の過剰反応や、それを抑制している前頭前野や前部帯状回などの機能不全も関係するとの報告もあります。かつて言われていたような心理的要因の重要性は弱まってきているのが現状です。

②全般性不安障害

全般性不安障害は色々な状況や分野に対する過剰な不安が生じて、私生活や社会生活に大きな支障が生じる病気です。そして、その不安を自分ではコントロールできません。よく見られる症状は、落ち着きのない感覚や緊張感あるいは神経の高ぶり、疲れやすさ、集中困難、心が空白になる、怒りっぽくなる、筋肉の緊張、不眠などです。また、パニック発作が生じるか強い不安状態となったときには、動悸、息苦しさ、めまい、頭痛、倦怠感なども生じます。

全般性不安障害の原因もまた明らかになってはいません。しかし、遺伝の影響はあるようです。例えば、親か子のどちらかに全般性不安障害があれば、もう一方に全般性不安障害が生じる確率は約25%であるとの研究があります。

また、双子の兄弟の片方が全般性不安障害だとすると、もう片方も全般性不安障害である割合は約50%であり、二卵性では約15%と報告されているのです。脳科学的には、扁桃体や前帯状回の機能異常、扁桃体と連結する脳内ネットワークの異常などが考えられています。

さらに、セロトニンなどの神経伝達物質の関連、心理社会的ストレス要因、性格要因なども発病や治療経過に影響する要因です。

③社会不安障害

社交不安障害は社会不安障害とも言われますが、現在は社交不安障害と呼ぶことが推奨されています。

症状としては、社交場面(人前で意見を述べる・雑談をする・見られながら食べる・人前で署名するなど)で激しい不安や恐怖感が生じるのです。そして、不安になっていることが人に分かってしまえば悪い評価を受けるはずだという思い込みにとらわれて、不安となる社交場面を徹底的に避けるようになります。

社交不安障害の原因もやはり解明されてはいません。もともと内気な人が社交不安障害になるとも限りません。人前で喋ることが得意であった人が、突然、発症することもあるのです。脳科学的には、不安や緊張を調整している扁桃体などの過剰反応や機能不全であるとの説があります。

また、一卵性双生児の方が二卵性双生児よりも社交不安障害の発病一致率が高いことなどより、遺伝が関係するとも考えられています。

④広場恐怖症

広場恐怖症とは、空間状況が恐怖対象になった病気といえるでしょう。症状の特徴は、特別な空間状況で著しい不安や恐怖が生じることです。特別な空間状況とは、公共の交通機関(飛行機・地下鉄・バスなど)、広い場所(駐車場・橋の上など)、囲まれた場所(映画館・窓のない地下の店など)、列に並ぶとか群衆の中にいること、家の外に一人でいることなどがあげられます。

これらの空間状況では殆どいつも不安や恐怖が出現し、脱出は困難であるとか援助が得られないと考え、これらの空間状況に入ることを意図的に避けるようになるのです。どうしても避けられない場合は、安心できる人に一緒にいてもらうことを必要とし、ひたすら恐怖の中で耐え忍びます。

強迫性障害

強迫性障害の人は、自分でも意味がないと十分わかっているにもかかわらず、その意味のない思考や行為を止めることができません。そして、その思考や行為に著しい苦痛を感じるのです。この強迫性障害に特有の思考や行為のことを、強迫観念と強迫行為といいます。強迫観念や強迫行為とは次のようなものです。

強迫観念

強迫性障害の人は、自分でも意味がないと十分わかっているにもかかわらず、その意味のない思考や行為を止めることができません。そして、その思考や行為に著しい苦痛を感じるのです。この強迫性障害に特有の思考や行為のことを、強迫観念と強迫行為といいます。強迫観念や強迫行為とは次のようなものです。

強迫行為

強迫行為とは、手を洗うであるとか確認するなどという繰り返される行為のことです。強迫観念を打ち消し、苦痛から逃れるための儀式のようなものと言えるでしょう。強迫観念が生じたときに、強迫行為をしたくてしたくてたまらなくなります。手を洗うなど実際の行動だけではなく、頭の中で数を数えるなど心の中で生じるものもあります。

よく見られる強迫観念や強迫行為には、次のようなものがあります。

・確認行為

 強迫性障害で圧倒的に頻度が高いのが確認行為です。典型的な確認行為としては、外出するときの確認です。確認する内容で多いのは、コンロの火を消したか、電気のスイッチをオフにしたか、ドアの鍵を閉めたかなどです。しかし、ポケットの中身を落としていないかなどが気になる人もいます。一度気になりだすと確認せずにはいられない衝動につき動かされ、何度も何度も確認を行います。駅まで行っているのに、2度も3度も自宅まで戻って確認する人もまれではありません。


・不潔恐怖と手洗い強迫

 電車のつり革やドアノブ、トイレの取手などに触れたことで、汚いものやバイ菌に汚染されたのではないかと異常に気になります。そして、長い時間をかけて手を洗ったり入浴したりすることを繰り返すのです。さらに、不潔であると思うものを触ることを徹底的に避けるようになります。あまりに執拗に手を洗ったりするので、手の皮がむけてカサブタだらけになっている人や、1ヶ月の水道代が9万円を超えるような人までいます。


・加害恐怖

 自分が、他人や器物に害を与えてしまうのではないかという強迫観念です。向かってくる通行人を殴ってしまうのではないかであるとか、運転中に人をひいてしまったのではないかなどと気になって気になってどうしようもなくなってしまいます。そして、通行人から離れたところに移動したり、人をひいていないことを確認するために、通ってきたとおりの道路を確認しながらたどることを繰り返したりするのです。


・その他の症状

 儀式行為と呼ばれる強迫観念を打ち消すための強迫行為があり、自分独自の手順ややり方で決めた通りに確認したり行動したりします。物が一定の場所に配置されていないと、どうしても納得がいかないというのは不完全恐怖です。4や13など不吉な数字を見たり道路を渡るのに13歩であったりすると、縁起のいい数字を頭の中で繰り返したり13歩でないように渡りなおしたりして、不安を打ち消すなどの数唱恐怖などもあります。
精神疾患全般に言えることですが、強迫性障害の原因もまた確定されていません。現在、考えられている仮説は、脳に入ってきた信号を処理する脳内ネットワークの異常です。また、脳内伝達物質であるセロトニンやドーパミン系神経の機能不全も、有力視されています。しかし、未だ明確な原因は分かっていません。

⑤心的外傷後ストレス障害(PTSD)

心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、命が脅かされるような激しい出来事を体験したあとに生じる可能性がある病気です。この病気のきっかけとなる出来事は少し理解しにくいかも知れません。「危うく死ぬような体験」であるとか「実際に重傷を負うか危うく負いそうになるという体験」もしくは「性的暴力を受けるか危うく受けそうになるという体験」を、「自分が体験する」か「そういった状況を目撃する」もしくは「近親者や親しい友人に生じた出来事を耳にする」ことが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を引き起こす出来事であるとされています。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)であると診断する症状の基準もまた複雑です。ここでは代表的な症状をあげるにとどめます。典型的な症状としてみられるのは、感情が動かなくなる、人と接しなくなる、楽しいと感じられなくなる、心的外傷を思い起こさせる活動や状況・人・モノを避け続ける、侵入的回想(フラッシュバック)、夢の中での心的外傷の再体験などです。

また、心的外傷を思い起こさせる刺激により、恐怖やパニック発作、激しい怒りと著しく攻撃的になることなどが引き起こされます。さらに、うつ状態や不安、不眠、自律神経の過覚醒状態(動悸・息苦しさ・発汗・めまい等)なども生じることが多いようです。これらの症状が1か月以上続く場合を心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断し、1か月未満であれば急性ストレス障害とします。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)では、扁桃体や内側前頭前野および海馬などがつくる不安回路の問題や、ホルモン調節システムの異常などが関係するとの説があります。しかし、遺伝的要因も含め明確な原因は分かっていません。

うつ病

うつ病は抑うつ気分(落ち込み)や、意欲の低下、興味や関心の低下、食欲不振または亢進、不眠もしくは眠りすぎるなどの症状が生じる気分障害の一つです。抑うつ気分が続き、身体症状としても動悸、頭痛、めまい、便秘、胃痛、倦怠感、口渇などの症状が現れます。

ここで注意すべきは、うつ病と同じ症状があっても過去に躁状態や軽躁状態が認められているのであれば、双極性気分障害と診断されるということです。うつ病と双極性障害では薬の使い方も異なります。さらに、抗うつ薬を使用すると躁状態や軽躁状態が引き起こされて、病状が不安定になる可能性もあります。うつ病であるか双極性気分障害であるかを見極めるため、過去の病状にも注意することが必要でしょう。

うつ病の原因については、モノアミンといわれるセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンに関する異常や、炎症の影響、扁桃体や背外側前頭前野および帯状回膝下野などの機能異常など様々な報告があります。しかし、結論を言えば、これも決定的な原因は解明されていません。

まとめ

原因不明の動悸が生じたとき、体の病気であるかどうかをまず調べることが大切です。そして、体には異常がないと分かったとき、動悸という症状の裏に隠れている心の病気を見つけだすことが必要になります。ここで紹介した心の病気は、動悸が生じる可能性のある代表的なものです。そして、それぞれの病気に適した治療を行っていく必要があります。

また、心の病気も体の病気と同様、早期発見早期治療が大切です。心の病気も、よりよい生活を続けらるれるよう、悪化してしまう前に早く見つけて治療すべきでしょう。検査をして体の病気がなかったからといって、たかが動悸とあなどらず、心の病気が隠れていないかを近くの心療内科で正しく診断してもらってはいかがでしょうか。

監修

・精神科医 米澤 利幸

・精神科医 米澤 利幸

専門分野 
社会不安障害、不安障害、うつ病

経歴
昭和58年 島根医科大学(現島根大学)医学部 卒業
平成 9年 福岡大学精神神経科外来医長
平成12年 赤坂心療クリニック院長

資格
医学博士
精神保健指定医
日本精神神経科学会専門医

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