はじめに

地域を問わず社会が複雑化し、日本もますますストレスに満ちた社会となっています。技術の進歩による新しい知識やスキルの習得圧力、価値観の多様化による対人関係の難しさ、リストラや会社の倒産など雇用機会の喪失と就労環境の悪化、また最近ではフェイスブックなどのSNSもストレス要因となると指摘されています。

本当に、現代社会はストレスに満ち溢れています。このようなストレス社会にあって、ストレスから生じる色々な心身の不調を感じる人が増えているのではないでしょうか。ここでは数あるストレスの悪影響の中から、腹痛と便通異常を来す過敏性腸症候群について、その症状や原因、治療法について少し詳しく紹介します。

過敏性腸症候群とは

過敏性腸症候群(IBS)とは、主に大腸の運動の異常、分泌機能の異常によって腹痛、下痢、便秘、ガス過多、腹部膨満感などの消化器症状が現れる病気です。

大腸の蠕動(ぜんどう)運動が過剰になると、腸の内容物が十分吸収されず、水分が多く含まれたまま体外に排出されるため、下痢となります。反対に腸の蠕動運動が鈍くなると、腸内に内容物が長く留まることになり、その間に水分が必要以上に吸収されてしまうため、便秘となります。硬くコロコロとした便しか出ない、全部出切った感じがしない(残便感)ということになります。

過敏性腸症候群は内視鏡検査やレントゲン検査を行っても炎症や潰瘍などの異常所見がないのが特徴で、精神的ストレスが関係していると考えられています。20代から40代の青年期から中年期にかけて多くみられます。また、ストレスの多い先進国に多く、日本人の10人に一人が過敏性腸症候群の可能性があるとされています。

消化器症状の他にも、自律神経症状(頭痛、肩こり、動悸、めまいなど)や精神症状(不安、抑うつ気分、落ち着かないなど)、睡眠障害など様々な症状が伴うことが多いようです。

消化器症状の現れ方によって便秘型、下痢型、交代型の3つに分類されます。

過敏性腸症候群(IBS)とは

過敏性腸症候群(IBS)とは、腸という臓器自体にはこれといった原因が認められない機能性腸疾患に分類される病気です。この過敏性腸症候群(IBS)には3つの特徴があります。

1つは病気の原因に関する特徴で、心理的ストレスが発病や経過に大きく関わっていることです。

2つ目の特徴は、主症状が内臓知覚過敏と便通異常であるということでしょう。内臓知覚過敏とは、便が腸を内側から押し広げる刺激に対して痛みを過敏に感じることです。具体的症状としては、腹痛や痛みとまでは言えないような腹部の不快感が生じます。便通異常は、下痢や便秘あるいは下痢と便秘を繰り返すというものです。

3つ目の特徴は病気の経過に関するもので、これらの症状が慢性あるいは再発性に持続することです。内臓知覚過敏と便通異常の他に、腹部の張った感じ、お腹が鳴る、ガスが貯まる、排便後も便が残っているような感じなどが生じます。さらに、便通の異常が長く続くと、おならが頻繁に出る、食欲低下、肌荒れ、吹き出物、頭痛、肩こり、口臭、イライラ、睡眠障害などの症状が現れてくることもあります。

さらに、これらの症状自体がストレスとなって、ストレス性のうつ状態やうつ病になることさえあるのが過敏性腸症候群(IBS)という病気です。

過敏性腸症候群(IBS)の診断

過敏性腸症候群(IBS)は、どこの病院ででもできるような通常検査(炎症反応や甲状腺刺激ホルモンを含む血液検査・尿一般検査・便潜血検査・腹部単純X線写真)でも、専門医でしかできないような大腸検査(大腸内視鏡検査か造影剤による大腸X線検査)を行っても、ともに異常を認めない大腸の病気です。これらの検査で異常がなく、かつ最新のRomeⅣという診断基準を満たすとき過敏性腸症候群(IBS)と診断されます。2016年に改正されたRomeⅣを以下に分かりやすく紹介します。()内はRomeⅢからの変更点を示しています。

(1)「繰り返す腹痛(腹部不快感が除外)」という症状が、「最近3ヵ月の期間内に概ね少なくとも1週間に1回(1ヶ月間に3日から頻度が増えた)」存在して、

(2)かつ下記の3項目のうち2項目以上の項目を満たす。
 1.腹痛は排便に関係づけられる(「排便による症状の改善」という項目が除外)。
 2.排便頻度の変化を伴う(「ではじまる」を「を伴う」という表現に変更)。
 3.便形状[硬さ]の変化を伴う(「ではじまる」を「を伴う」という表現に変更)。

(3)症状は、上記の診断基準が満たされる6ヶ月以上前からはじまっている。

過敏性腸症候群の分類

現在、便形状から下痢や便秘を定義して過敏性腸症候群(IBS)の病型を分類するのが一般的です。

便の形状は、Bristol便形状尺度によりタイプ1から7に分類されます。
タイプ1と2が便秘の便形状、タイプ6と7を下痢の便形状です。
その中間のタイプ3から5を正常の便形状とします。

タイプ1はウサギの糞のようにコロコロした木の実状の硬い糞便で、
タイプ2はコロコロした便をくっ付けてソーセージのようにした便です。
タイプ6は形の不定なベチャベチャとした崩れた泥のような便で、
タイプ7は形のない水のような便を指します。

過敏性腸症候群(IBS)の病型は、この便の形状により便秘型、下痢型、混合型および分類不能型の4タイプに分類されます。RomeⅢでは、上記のBristol便形状尺度に基づき下記のように分類されていました。

(1)タイプ1か2である頻度が、全排便の25%以上かつタイプ6か7である頻度が25%未満であるものが便秘型。
(2)逆の割合となるタイプ1か2が25%未満かつタイプ6か7が25%以上を下痢型。
(3)ともに25%以上あるものを混合型。
(4)ともに25%未満で便形状の異常が不十分なものを分類不能型。
しかし、最新のRomeⅣでは、各病型はBristol便形状尺度に基づいて患者自身が報告した下痢と便秘の頻度に基づいて分類されるようになりました。なお、ガス型といわれていたものも、便形状により上記のいずれかに分類されます。

過敏性腸症候群(IBS)の症状について

過敏性腸症候群(IBS)の症状が、仕事や学校に行けなくなるほどに悪化することは稀ですが、通勤や通学途中で電車を降りて駅のトイレに駆け込むなどということはよく生じるものです。すぐに便意をもよおすために外出するのを避けるよになったり、仕事中はパンツタイプの紙オムツを着用している人もおり、生活の質が低下してしまいます。症状が重篤な場合には、過敏性腸症候群(IBS)の症状自体がストレス要因となって、メンタル面の変調をきたすことさえあるのです。

有病率について

日本における過敏性腸症候群(IBS)の患者数は1200万人とも推定されており、学術的調査では女性が男性の1.2-1.7倍ほど有病率が高く、40歳代以降に有病率が低下するという結果が出ています。さらに、男性より女性の方が便秘型が多く腹痛を訴える割合も多いようです。

また、国や地域による有病率に差があり、米国では7-16%であるのに対しフランスでは2-3%と低くなっています。同一国内では、中国やイスラエルでは郡部に比べ都市部で有病率が高いとの報告があります。日本での調査において下痢型の過敏性腸症候群(IBS)については、都道府県別での有病率に大きな差はなかったようです。

過敏性腸症候群の原因

過敏性腸症候群(IBS)の原因は確定はされていません。

しかし、心理的ストレスが強く関与することが分かっています。過敏性腸症候群(IBS)の心理的ストレスが、腸の運動異常と内臓知覚過敏(腸を内側から押しひろげる刺激への過敏さ)を生じさせるのではないかと考えられているのです。これを支持する研究がたくさん報告されています。過敏性腸症候群(IBS)の人は内臓知覚過敏となって、脳で感じる痛みが強まっていることは多くの報告からほぼ確定的です。

また、ストレス時に脳の視床下部から分泌される副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)の投与で大腸運動が活発化し、CRH とは逆の働きをするオキシトシンを投与すると内臓知覚過敏が緩和されることも報告されています。

また、過敏性腸症候群(IBS)の人に心理的ストレスを負荷すると、健常者よりも消化器症状の悪化が生じやすいことも観察されているのです。脳関連では、ストレス反応を制御する扁桃体・前帯状回・島が、消化管を刺激したときに過剰に活性化することも報告されています。

さらに、状況の変化に対応する右背外側前頭前野の働きが健常者よりも低調であり、ストレスへの対処機能の弱さを示しているとの研究もあります。このような腸と脳の機能的な相互反応を腸脳相関といい、過敏性腸症候群(IBS)の人において腸脳相関が過敏となっていることが指摘されているのです。


ところで、ストレスとの関連で影響を受けるのがセロトニンです。セロトニンはその約90%が腸管粘膜に存在し、腸の動きを活発化する働きを持っています。一般に、腸の動きが過剰に活発になって消化管内容物の通過時間(消化管通過時間)が短くなると、腸内にある内容物の水分が十分に吸収されず便は下痢状となります。反対に消化管通過時間が長くなると、必要以上に水分が吸収されて便秘になるのです。

つまり、セロトニンが過剰になれば下痢となり、不足すれば便秘となるのです。もう少し詳しく説明すると、人はストレス状況に置かれたとき、前述したCRHが視床下部から分泌されます。CRHは腸管粘膜でセロトニンの産生を増やし、この腸管粘膜のセロトニンが腸管神経叢でアセチルコリンという伝達物質を分泌させるのです。アセチルコリンは主に副交感神経の伝達物質で、副交感神経は腸の運動を活発化させます。これがセロトニンが増えれば腸の運動が促進されるメカニズムです。

しかし、腸の運動を促進するセロトニンも過剰になると、先に述べたメカニズムが過剰に働いて腸がケイレンを起こしてしまいます。その結果、腸の運動が妨げられ便秘となてしまうのです。これが過敏性腸症候群(IBS)で下痢と便秘の両方が出現するメカニズムであると考えられます。余談ですが、脳ではセロトニンが減ることで支障が出るのに対して、腸ではセロトニンが増えることで障害が生じるので混乱しないようにしましょう。

上記以外にも関連要因の指摘が種々あります。幼少期の外傷的体験は過敏性腸症候群(IBS)の発症リスクを高めるとの報告や、腸内細菌・粘膜炎症・食物アレルギー・グルテンなどの食物・遺伝や特定の遺伝子などの関与が報告されています。しかし、本質的原因は分かっていません。

過敏性腸症候群の治療法

過敏性腸症候群(IBS)は、医学的には心身症に分類される病気です。心身症とは簡単に言うと、ストレスが大きく関与する体の病気と言っていいでしょう。そのためストレスの管理が重要となります。ストレス管理の大前提は、規則正しい生活と睡眠時間の確保、そして運動習慣です。このような生活習慣の改善を前提として、薬物療法や心理社会的治療が効果を発揮することを十分に認識しておくことが大切です。

過敏性腸症候群(IBS)の治療手段は、生活習慣の改善(運動習慣を含む)、食事療法(プロバイオティクスを含む)、薬物療法、心理療法の4つであるとまとめられます。推奨される治療は、3段階に分けて適用されます。治療の第1段階は、まずは食事療法と生活習慣の改善および症状に合わせた薬物療法です。ビフィズス菌などプロバイオティクスといわれるものも併用する場合があります。

これで改善が得られない場合に第2段階の治療を行います。第2段階の治療は、消化器系の薬を強化することと心理的状態に合わせた向精神薬の投与や、ストレス対処への助言などの簡易精神療法です。第2段階の治療で効果がないときは、第3段階の治療を行います。第3段階の治療手段は心理的な専門療法です。以下に具体的治療法を解説します。

生活習慣の改善

これは次の食事療法とも一部重なりますが、寝る時間と、起きる時間を一定にすること、睡眠時間を7-8時間は確保すること、食事をとる時間を一定にすること、運動習慣をつけることが基本となります。これに加えて、暴飲暴食をしないこと、アルコールやカフェイン・炭酸飲料・タバコを控えること、不要な間食を控えることなどです。規則正しい睡眠リズムや十分な睡眠時間の確保については、学術的に効果は確認されていないものの、ストレスへの抵抗力を確保する上で大切な要素であり実行すべきでしょう。

運動については、過敏性腸症候群(IBS)の補助療法として有効である可能性が指摘されています。特に肥満のある過敏性腸症候群(IBS)の人に対する減量プログラムとして行われた運動は、腹痛と便通異常に効果があることが示されているのです。

また、理学療法士による12週間の中等度以上の運動プログラムが症状の悪化を抑えるとの報告もあります。軽度の運動でもストレス発散には効果があり、散歩やストレッチ程度であっても継続する価値はあるはずです。可能であれば毎日15分でもするようにしましょう。

食事療法

過敏性腸症候群(IBS)の症状が悪化する可能性のある、炭水化物や脂質の多い食事・コーヒー・アルコール・香辛料などをを控えることが大切です。FODMAPダイエット(大腸内での発酵を活発化させる、らっきょうなどに含まれる食物繊維であるフルクタン・サトイモなどのぬめり成分に含まれるガラクタン・乾燥昆布などに含まれるポリオール・スイカなどに多い果糖・牛製品中にある乳糖などを含む食品の制限)も有効であるとの報告があり、推奨されるものです。

一般的に、食物繊維を多くとることは便秘症状には有効です。ただし、小麦やトウモロコシなどに含まれる不溶性繊維は症状を悪化させることがあるため、水溶性繊維を摂取するようにしましょう。水溶性食物繊維が多く含まれる食品は、ニンニク・ゴボウ・納豆・オクラなどです。しかし、FODMAPダイエットでは避けるべき食品もあるため、専門医の指導のもとで食事療法を行う必要があります。

プロバイオティクスとプレバイオティクス

いわゆる腸内フローラの改善策です。腸内細菌では善玉菌・悪玉菌・日和見菌が適度にバランスしており、これを腸内フローラといいます。過敏性腸症候群(IBS)では腸内フローラに乱れがあり、腸内フローラを適正化することで症状が改善することが分かっています。

こういった効果を期待できるビフィズス菌などの生菌または生菌を含むサプリメントや食品のことをプロバイオティクスというのです。プロバイオティクスには多くの菌種があり、また乳糖不耐性の人はヨーグルトで下痢になることもあるため、専門医に相談して使用するのがいいでしょう。一方、プレバイオティクスとは、吸収されることなく腸に到達して、善玉菌だけが栄養源とすることのできるオリゴ糖や一部の食物繊維などのことです。プレバイオティクスについての有用性は確定していないものの、効果がこれから証明される可能性があり使用を推奨できます。試してみるのもいいでしょう。

なお、オリゴ糖の多い食品には豆類・バナナ・ゴボウなどがありますが、やはり先に述べたFODMAPダイエットでは避けるべき食品もあるので注意してください。

薬物療法

専門医療機関で使用する薬には次のようなものがあります。

まず、第1段階で使用する薬は、過敏性腸症候群(IBS)自体に対して効果がある5-HT3拮抗薬(イリボー)・消化管機能調節薬(セレキノン)・GC-C受容体作動薬(リンゼス)・ゲル形成薬(コロネルやポリフル)・粘膜上皮機能変容薬(アミティーザ:日本では保険適用なし)を使用します。その他、症状に合わせて止痢薬(下痢止め)・緩下剤(便秘の薬)・抗コリン薬(腹痛に使用)が使用される薬です。

第2段階では、消化管運動賦活薬(ナウゼリンやガスモチン:日本では保険適用なし)・止痢薬・漢方薬・抗アレルギー薬・抗うつ薬・抗不安薬が第1段階での薬と置き換えもしくは追加して投与されます。

第3段階は薬ではなく専門的心理療法が行われ、薬の変更は主とはなりません。薬の選択は状態状況により専門的判断を要するため、専門医と十分相談して調整してもらう必要があります。

まとめ

わが国で1000万人を超える人がかかっているといわれるのが過敏性腸症候群(IBS)です。過敏性腸症候群(IBS)とまでは言えないにしても、ストレスを感じたときにお腹の不調を感じたことのある人も多いのではないでしょうか。

現在はまさにストレス社会です。昨日までは大丈夫であっても、今日明日には過敏性腸症候群(IBS)になってしまわないとも限りません。今回ここで解説した過敏性腸症候群(IBS)について正しい知識を身につけ、僅かな兆候にも気づいて早期に対策をしていただければ幸いです。

監修

・精神科医 米澤 利幸

・精神科医 米澤 利幸

専門分野 
社会不安障害、不安障害、うつ病

経歴
昭和58年 島根医科大学(現島根大学)医学部 卒業
平成 9年 福岡大学精神神経科外来医長
平成12年 赤坂心療クリニック院長

資格
医学博士
精神保健指定医
日本精神神経科学会専門医

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