はじめに

妄想は、色々な精神疾患で見られる症状の1つです。妄想の定義は種々ありますが、「根拠に基づかない信念」であり「客観的根拠に基づく反論によっても変わることのない訂正不能の信念」と言っていいでしょう。

ところで、妄想には、一次妄想と二次妄想があります。一次妄想とは、その妄想がどのようにして生じたのかを理解できない妄想であり、二次妄想は気分など何らかの原因となる要因から、妄想が発生した理由を理解可能な妄想です。そして妄想は、妄想の内容によって名前がつけられています。妄想の内容による分類で代表的なものが、被害妄想と誇大妄想です。ここではこの2つの妄想について解説します。

被害妄想と誇大妄想

被害妄想

被害妄想とはよく聞く言葉ですが、妄想をともなう精神疾患で最もよく見られるのが、この被害妄想です。自分以外の人や組織、霊などから「害を加えられる」というテーマに沿った妄想です。

その被害の内容がある領域により限定されるのものであるときには、
関係妄想(自分のことを言っている等)、
注察妄想(見張られている等)、
被毒妄想(毒が入っている等)、
嫉妬妄想(浮気している等)、
物盗られ妄想(嫁が盗んでいる等)、
追跡妄想(追われている等)、
迫害妄想(町ぐるみで攻撃してくる等)、
つきもの妄想(悪霊に取りつかれている等)、
好訴妄想(法的に不利益を被ったという根拠のない信念と訴訟への熱狂的衝動)、
物理的被影響妄想(電気をかけられている等)などと言います。

これらのような限定した内容とまでは言えないものは、いわゆる被害妄想(悪いウワサをたてられている等)とされます。

誇大妄想

誇大妄想とは、「自己の存在を著しく過大に評価する」という妄想で、自分は国際弁護士だとか大金持ちであるとかなどと、根拠なく信じ込んでいることです。

妄想の内容がより限定されるときには、
血統妄想(アラブの王子である等)、
恋愛妄想(有名な俳優が自分に恋している等)、
発明妄想(世界を変える大発明をした等)、
宗教妄想(救世主である等)などと呼ばれます。

原因となる精神疾患

妄想が生じる代表的な精神疾患としてあげられるものは、

統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害(統合失調症や妄想性障害など)、
双極性障害および関連障害群(躁うつ病など)、
抑うつ障害群(うつ病など)、
神経認知障害群(認知症など)、
パーソナリティ障害群(妄想性パーソナリティ障害など)、
物質関連障害および嗜癖性障害群(精神刺激薬精神病など)があります。

実際の精神疾患の分類は複雑であるため、ここでは代表的な精神疾患である統合失調症、妄想性障害、躁うつ病およびうつ病、認知症、妄想性パーソナリティ障害について紹介します。

①統合失調症

妄想が生じる精神疾患として第一にあげられるのが統合失調症です。

統合失調症は、いまだ原因が確定されていない精神の病気ですが、遺伝やストレスなど環境の影響が統合的に関与して発病するのではないかと考えられています。2008年の厚生労働省の調査では、日本で受診中の統合失調症関連疾患の患者数は約80万人と推計され、また、死ぬまでに統合失調症になる人の割合は人口の約0.7(0.3-2.0)%だとされています。けっして稀な病気ではないのです。

統合失調症の症状は、大きく陽性症状と陰性症状に分けられます。陽性症状とは、本来ないものが出てくる症状であり、陰性症状とは本来あるべきものがなくなってしまうというような症状のことです。

もう少し詳しく説明すると、陽性症状には、通常は認められない幻覚(主に幻聴)や妄想、精神運動興奮(激しい興奮状態)、カタトニー(ロウ人形のように固まって動かない)、滅裂思考(何を言っているか理解不能な言葉の流れ)などがあります。

陰性症状とは、無為(何もしない)、自閉(引きこもり状態)、感情の平板化(感情に抑揚がない)、思考の貧困(思考が出てこない)など、本来あるべき活動性が障害されている状態のことです。

これらの症状のうち最も代表的な症状は妄想と幻聴であり、これらは陽性症状に分類されます。妄想や幻聴の種類は様々です。以下に、妄想や幻聴の種類や特徴について解説します。

<統合失調症の妄想の特徴>

統合失調症で見られる妄想にも色々な種類があります。妄想の内容が通常ではありえないような奇異な内容である場合も、通常で生じうるような内容であることもあります。

奇異な内容とは、脳に電波をあてられるとか宇宙人とテレパシーで交信するなどという妄想です。

また、通常でも生じうる内容には、悪口を言われている、悪い噂をたてられている、盗撮や盗聴されている、見張られている、会社のみんながグルになって陥れようとしている、警察が捕まえにくるなどという妄想があります。

宇宙人とテレパシーで交信することは通常はありえない内容ですので、これは誰にでも直ぐに妄想であると判断できます。内容が現実に生じる可能性のあるものであれば、判断は難しくなるでしょう。例えば、悪口を言われているなどという内容であれば、これは現実に生じる可能性があることです。

しかし、妄想の場合は、悪口を言われていることを確証できるような客観的根拠なしに悪口を言われていると確信して、そうでないという明確な根拠をあげられても、悪口を言われていることへの確信が揺らぎません。誇大妄想も見られることがないわけではありませが、通常よく生じるのは上記の被害妄想です。

<統合失調症による幻聴の種類>

統合失調症において妄想以上によく見られるのが幻聴です。統合失調症の幻覚には幻視や幻臭、体感幻覚(虫がはっているいるような感覚)なども見られることがあります。しかし、統合失調症で生じる幻覚の殆どは幻聴です。統合失調症で生じやすいのは、次のような幻聴です。
・対話的幻聴

これには、複数の人が自分について会話している声が聴こえるという三人称幻聴といわれるものと、幻聴が話しかけてきて聞こえている本人が返答し会話するという形をとる二人称幻聴というものがあります。二人称幻聴の場合には、他人からみるとブツブツと独り言を言っているように見え、統合失調症の独語という症状ともなります。幻聴の内容は、ほとんどが悪口であったり批判するものです。しかし、ときに評価したり支えとなるような内容が混じることもあります。


・命令的幻聴

これは正体不明の誰かもしくは特定できる人物が、「死ね」「首を吊れ」「ビルから飛び降りろ」などという命令する声が聞こえるという幻聴です。ときには命令する声に操られて目をくり抜いたり指を噛みちぎったりすることもあります。


・注釈性幻聴

 自分の行動を実況中継するような声が聞こえるという幻聴です。「今、トイレに行った」とか「母の面会に行った」「歯をみがいている」など自分の行動を注釈するような声が聞こえます。この声を煩わしく苦痛に感じるのですが、慢性化するとあまり気にしなくなる人も多いようです。


・思考化声

幻聴には分類されないのですが、幻聴に近い症状に思考化声というものがあります。思考化声とは自分の頭に浮んだことや考えていることが、声として聞えてくるという症状です。これは、思考をどう体験するかの異常とされています。声が聞こえる現象であるため、幻聴と言ってもいいのかも知れません。

<統合失調症による妄想の種類>

妄想にもいくつかの種類があります。

例えば、
・注意妄想(誰かに盗聴されている)
・罪業妄想(自分は悪い人間だから罰を受けるべきだ)
・関係妄想(自分とは関係のない周囲の音や動きに、自分と強い関係があると思い込む)
・恋愛妄想(特定の誰かから愛されていると思い込む)
・心機妄想(自分は何かの病気にかかっている)、
・貧困妄想(実際にお金に困っていなくても非常に貧しいと感じる)などの妄想があります。

しかし特に多いのは被害妄想と誇大妄想です。

<統合失調症による被害妄想>

妄想の中でも最も多いのが被害妄想です。

内容としては、誰かから恨まれている、嫌われている、悪口を言われている、などと思い込んでその認識を変えることができなくなります。

自分の行動、社会生活の至る場面で失敗体験をした際に、誰かのせいで上手くいかなかったと思い込んだりします。

また、物盗られ妄想というものもあります。実際には何も盗まれてはいないのに、大事なものを誰かに盗まれたと思い込みます。これは認知症にも多くみられますが、統合失調症の場合でもあります。

<統合失調症による誇大妄想>

自分は偉い人間だ、自分には高い地位がある、自分はどんなことでも成し遂げることが出来る、莫大な財産を保有しているなどと思い込みます。

②双極性障害

双極性障害とは、一般には躁うつ病として知られている精神疾患です。正式には双極性気分障害もしくは双極性感情障害と呼ばれ、病気の経過中に躁病相(躁状態もしくは軽躁状態)とうつ病相(うつ状態)を繰り返します。躁病相を躁病エピソード、うつ病相をうつ病エピソードと呼びます。

<躁病エピソード>

高揚した気分と、心と身体に関する活動性の量とスピードが大幅に増加することが、躁病相の特徴です。

具体的には、躁病相時は気分は爽快で、よく喋り、喋るスピードも速く声も大きくなります。また、話題がどんどん移ってしまい、聞いている方は話の内容についていけません。さらに、2-3時間という短時間の睡眠でも疲れることなく活動的に動き回り、疲れを知らないという状態となります。活動的ではありますが、1つのことにじっくりと取り組むというよりは、あれもこれもと興味関心の対象が変わっていく状態となることが多いようです。

また、気持ちが大きくなって、普段であればだまされないような儲け話を信じ込んで巨額の投資をしたり、2000万円という大金をポンと知り合って間もない人にあげてしまう人も実際にいます。お金のつかい方も派手になります。しかし、これはその人の経済力に応じたものになるようです。2-3000円のサングラスを3つ4つと買う人から、1000万円以上する車を必要もないのに即決で買う人まで様々です。

そして、この躁病相時には誇大妄想が生じることがあります。徳川の埋蔵金を持っているなどという荒唐無稽の誇大妄想が生じることはあまりありませんが、なんでもやればできるとか、いくらでもお金をつかえる財力があるなどと、自己の価値や資産について誇大的な妄想を形成する人はいます。

<うつ状態のエピソード>

双極性障害におけるうつ状態も、うつ病のうつ状態と同じ病状となります。うつ病を発症する前に躁病相があれば双極性障害であり、躁病相がなければうつ病となります。過去に躁病相がなくても、後に躁病相が発生すればその時点で双極性障害に診断が変更されます。

双極性障害のうつ病相時の病状は、気分は低下して落ち込み、意欲も興味関心もなくなって身体的にも精神的にも活動性が低下します。うつ病相時には、躁病相時に行った浪費や無謀な投資への激しい後悔が生じたり、罪業妄想(些細なトラブルであるのに自分は大罪を犯したかのように思い込む)や貧困妄想(お金があるのにお米を買うお金もないなどと確信する)、心気妄想(根拠もなく死の病にかかっていると確信する)などの妄想が出現することがあります。

うつ病相時に誇大妄想が見られることはありませんが、警察が捕まえにくるとか家族からないがしろにされているなどという被害妄想が生じることはあります。

③うつ病

うつ病の妄想は、双極性気分障害のうつ病エピソードと同じです。上記記述を参照してください。なお、心気妄想と罪業妄想、貧困妄想はうつ病の三大妄想といわれ、この3つを合わせて微小妄想といいます。

④妄想性パーソナリティ障害

パーソナリティ障害とは、その人が所属する文化や正当な宗教から著しく離れた一時的ではない感じ方や行動の仕方を持つ人を表す用語です。物ごとや自己と他者などへの認識の問題と、感情の適切さの問題、対人関係での問題、衝動の制御についての問題を持っており、対人関係や職業の継続などにおいて大きな障害が生じます。パーソナリティ障害は、現在、A群B群C群という3つのグループに分けられています。

<A群>

妄想的あるいは風変わりで奇妙な言動行動が多いパーソナリティ障害のグループです。妄想性(さい疑性)パーソナリティ障害、シゾイドパーソナリティ障害、統合失調型パーソナリティ障害があります。とくに妄想性パーソナリティ障害はさい疑心が強く、被害妄想を生じることがよくあります。

<B群>

この群に見られる一般的な特徴は、感情の起伏が激しく演技的行動パターンを示すことです。ここに分類されるパーソナリティ障害には、境界性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、演技性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害があります。

この群でもっとも妄想を生じやすいのは境界性パーソナリティ障害です。大きなストレス要因にさらされたとき、マイクロサイコーシス(微小精神病)と呼ばれる被害妄想が見られることがあります。また、自己愛性パーソナリティ障害では、自分の存在を過大に評価する誇大妄想を抱く可能性があります。

<C群>

不安が心理的主題となっており、頼ったり、逃げたり、こだわったりすることで不安を防御することが特徴です。この群には、依存性パーソナリティ障害(過剰に頼る)、回避性パーソナリティ障害(過剰に逃げる)、強迫性パーソナリティ障害(過剰にこだわる)があります。これらのパーソナリティ障害では、妄想を抱くことはあまりないようです。

⑤認知症

認知症には本当に多くの種類があります。代表的な認知症をあげるなら、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症の4つでしょう。これ以外では、2000年代初頭に話題となった狂牛病であるプリオン病による認知症などがあります。

アルツハイマー型認知症では物盗られ妄想としてあらわれる被害妄想がみられることがあります。認知症による物盗られ妄想は、自分が大事にしまっておいた貯金通帳や証券などの隠し場所を忘れてしまって、それを盗まれたと勘違いすることを切っ掛けとして生じます。しかし、泥棒に盗まれたなどというのではなく、嫁や娘など日頃世話をしてくれる人が犯人とされがちです。

まとめ

ここで述べた各疾患は、それぞれに対する個別の治療を行うことが大前提です。しかし、精神疾患の治療において、妄想に限らず心的事実ということが重視されます。

心的事実とは、客観的に事実であるか否かにかかわらず、「その人の心の中では事実である」ということを尊重することです。これが妄想に対する標準的対応方法である「肯定も否定もしない」という構えだといっていいかもしれません。「肯定も否定もしない」という構えとは、具体的にどのような態度であるのかは表現しにくいものです。

しかし、心的事実の尊重という構えを念頭において、否定はしないけれど積極的に肯定もしないように傾聴する。そして、妄想の内容に応答しようとするのではなく、心的事実である妄想があることによって生じる苦しみに、「協働」して対処法を相談していくのです。

被害妄想にしろ誇大妄想にしろ、このように寄り添って相談していくことが「肯定も否定もしない」という構えであり、最も大切な治療の基本となります。もし、妄想を持った人が身近にいるのであれば、以上のような構えの態度で接してみれば、医療機関での治療に繋げることができるかも知れません。

監修

・精神科医 米澤 利幸

・精神科医 米澤 利幸

専門分野 
社会不安障害、不安障害、うつ病

経歴
昭和58年 島根医科大学(現島根大学)医学部 卒業
平成 9年 福岡大学精神神経科外来医長
平成12年 赤坂心療クリニック院長

資格
医学博士
精神保健指定医

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