はじめに

単純な質問です。

「あなたにとって『生きる』とは何ですか?」

家族のため、恋人の為、夢を実現する為、誰かを守る為。

当たり前ですが、一人一人違うわけです。

けれどもその当たり前こそが一番解りづらい。それに苦しみ自己と他者の違いに人は苦しみます。

人は社会的な生き物です。それは同じ哺乳類でも感情優位な犬や猫より、社会秩序を守って行動する蜂や蟻の生態に近いものなのかもしれません。

何れにしても人は特殊です。複雑怪奇な脳を有していることが大きいでしょう。

今回はその優れた脳が可能にした「ギフト」でも「タスク」である人間社会を「オキュペーション」というキーワードと共に紐解いていきたいと思います。

「job(ジョブ)」や「work(ワーク)」ではない「occupation(オキュペーション)」とは何?

ここまで説明せずに使ってきましたが、皆さんは「オキュペーション(Occupation)」という言葉をご存知でしょうか?
これまで沢山の人に説明してきましたが、私の体感的にはご存知ない方が大半である気がします。そう言っている私も、この言葉を本当の意味で知ったのは大人になってからでした。
もしかすると動詞系である「オキュパイ(Occupy)」という言葉の方が馴染みあるかもしれません。

そこで「Occupation」について辞書で調べてみました。
① 業務、職業、従事(している活動)
②  暇つぶし (pastime)
③(土地・家屋などの)占有、利用、 使用
④(土地の)占有専用の
⑤(職権などの)保持、在職、在職期間、 任期
⑥ 占領、占拠、占領期間
via 小学館プログレッシブ英和中辞典(第4版)
上記の中から「オキュペーション」を個人を説明する際に使用する形で要約すると、

「している活動」「余暇」「占有期間」

ざっくり纏めるとこんなところが「オキュペーション」と言えそうです。

実はご覧になられて解る様に「オキュペーション」は誰においても存在しているのです。
これをご覧になっている方は、何らかの組織にきっと「仕事」や「職業」を持っているのかもしれません。
あるいは「学生」「主婦」「フリーター」かもしれません。
もしかしたら「病気療養中」「障害者」「被介護者」やその「介護者」「支援者」かもしれません。
それらは「している活動」であり「余暇」であり「占有期間」です。
何れにしてもそれは「人として生きている」からであり、どんな状態で生きていたとしてもそれ自体が「オキュペーション」になります。

現代日本人の生涯と「オキュペーション」

前章で「オキュペーション」とは、「している活動」「余暇」「占有期間」などの意味があると触れました。

人間の一生は「生命」という観点で見れば通常母親の胎内で成長出生し、天寿を全うして死んで行くまでが一生になります。
また「人」として見た場合は出生し、死亡するまでになります。

2014年厚生労働省の調査によれば日本人の平均寿命は男性80.50歳、女性は86.83歳です。
戦後間もない頃は男女とも50歳前後だった事を考えると、この70年程で寿命は6割以上伸びた事になります。
単純に考えれば、当時は存在し得ない年齢であった50歳から80歳は、現在ではほぼ確実生きられる生存可能年齢になったという事です。

この事による社会的影響は甚大です。今まで人間社会が経験したことのない未知の世界に既に突入しています。

オキュペーションで捉えるならば、人生という「占有期間」が約6割増えたわけですから、「している活動」「余暇」もそれに合わせる必要が出てきます。

■実態統計から見る日本人

「オキュペーション」を考察する為に、現在の日本の社会保障の枠組みと統計を照合しながら現実的に生涯を考えてみます。

尚、今回は「成人」に対する「オキュペーション」についての説明に致します。
従って未成年についての考察は割愛します。
理由は成人するまでの乳児期、幼児期、思春期と成人してからの「オキュペーション」の捉え方は方向性が大きく違う為です。そちらについてはまたの機会に書きたいと思います。

総務省統計局のデータによれば、2016年10月〜12月期現在日本における労働人口は6657万人です。
役員を除く雇用者数は5,414万人で、非労働人口が4,403万人です。

労働人口の8割強は雇用者になります。「労働者」である事は一つの「オキュペーション」です。

これに15歳未満や高齢者を加えた数が、日本の人口になります。
日本の人口は1億2700万人ほどですから、4分の1程に当たる3,000万人が養育、介護、援助等が必要な人口であり、専業主婦や、介護者の同居人など約4,400万人いる非労働人口の大半はそれに当たるのではないでしょうか?

■就業者と非就業者の人としての違いって?

「ジョブ」との大きな違いは、「家事」や「介護」といった非就業活動も一つの「オキュペーション」であるという所です。

また通常日本人であれば、成人の期間は20歳以降であり、年金を満額受け取る為には70歳まで働く必要があります。
つまり成人になってから高齢者になるまで、「50年間」が勤労期間になるわけです。この占有期間もまた「オキュペーション」になります。

しかし「50年」もの長きに渡って社会が変化しない事があり得るでしょうか?

今から50年前は1967年で、東京オリンピックが終わった3年後です。
まだ誰もパソコンも持っていないどころか、殆どの人は車もなかったであろうし、新幹線や飛行機だって日常的には使われてはいなかったでしょう。
当時は工業で機械を使い物を生産するのにも人の手が必要な時代でした。現在は機械操作はおろか、宅配サービスにドローンを使おうとする計画すらある時代になりました。

人の活動期間は様々です。10代から働く人もいますし、聖路加病院日野原先生は現在105歳ですが今も現役です。
人の成長は個体差がありますし、寿命や能力にも差があるわけですから、当然この枠には当てはまりません。
そしてこの決められた枠に当てはまった生き方が出来ない人々も大勢いるわけです。

時代によって人の役割は変化し「オキュペーション」の「質」は変化します。更に「オキュペーション」はそれを「捉える人」、つまり「本人」の経験、環境、考え方等によって大きく左右されます。

もうお気づきかもしれませんが、それは「社会的役割」と大きく関係しています。

「社会的役割」と「心と体」の関係

「社会的役割」とは社会的な状況で行為者によって概念化される1セットに結合した振る舞いと権利と義務のことである。
via ウィキペディア
例えば「5月病」や「季節うつ」など気分不良になったことはありませんか?
仕事や学業を休まなかったとしても、気分が優れなかった事はがある方はある程度おられるのでは無いでしょうか?
これは仕事や学校などの「社会的役割」に対する反応です。

あるいは「インフルエンザ」や「骨折」など体の不調によって同様に休んだことはありませんか?
きっかけは何であれ、「休んだ」という行動を取った事に「結果」に代わりはありません。
この結果が「社会的役割」に対して、良くも悪くも間接的に影響を与え自らに還ることになります。

肉体と心が一つの個体内にある以上、現実の行動を図る上で両者を切って離す事は出来ません。

作業療法には「人間作業モデル(MOHO)」という考え方があります。その中に「個人的原因帰属」という項目があります。
難しい言葉ですが、分かりやすい言葉に落とし込めば、人が行動する背景には因果関係や理由があるという事です。

どうしても物理的に「インフルエンザの人」と接触する様な環境に行く事があればインフルエンザに感染するリスクは高まるでしょうし、スポーツをする、バイクに乗る事で事故に遭遇して「骨折」する確率は高まるでしょう。
それでも「役割」があればリスクを承知で、行動しなければならない場面も当然あるでしょう。

同じ社会で生活している以上、その社会と人の間に相関性が無いと考える事自体が不自然であり、「社会的役割」と肉体的、精神的健康は相互に関係し合っています。

「個性」と「役割」

例えば両下肢切断であったとして、車椅子での移動しか出来ない人がいたとします。
この人がウサインボルトになる事は出来ません。
リオネル・メッシになることも困難でしょう。
それでも本人が「走りたい」「ボールを蹴りたい」という個々の信念と、それを実現したいと思う人の情熱が新しい技術や世界を切り開いてきました。

一方現実的な視点から見れば、彼はパソコンを使うことも出来ますし、学習し、幾つもの国の言葉を操りビジネスをする事も出来るでしょう。
車椅子を使えば自由に移動する事も出来ます。
家族や友達とカラオケに行く事も、車椅子陸上や、車椅子バスケットボールをする事も出来ます。

私達はそれぞれの「個体差」があり、それに感情、思考や行動等が合わさったものが「個性」です。

「役割」とは置かれた状況下で大きく変わります。

縄文時代であれば、陶器を上手に作れる人はさぞかし持て囃されたでしょうし、戦国時代であれば剣や槍をうまく操れる人は重宝されたでしょう。
現代では女性の社会進出(男性の家庭進出?)によって男性も女性も以前とは違った「役割」を求められる様になっています。
どの時代においても当然能力の需要に、流行り廃りはあるわけです。
人間の環境適応能力は計り知れないものがあります。

肉体や精神構造もそれに合わせて進化していますが追いつけない場合もあり、それが社会的存在意義の喪失、自信の喪失に繋がるわけです。

「満足感」と「幸福感」の違い

「幸福感」を感じるのはどんな時でしょうか?

初めに確認しておくと混同しやすい感覚に「満足感」があります。

自分で決めた何かの「目標」に向かって努力し、それが達成される感覚です。

■興奮系神経伝達物質「ドーパミン」と「ノルアドレナリン」

「満足感」を与える神経伝達物質はドーパミンであり、これが機能している状態は「興奮系」の欲求が満たされた状態で活動的です。言い換えれば「個人」の行動欲求が満たされた状態です。
意欲の向上に繋がりますが、有名なオペラント条件付け実験のように欲求はエスカレートしていきます。
欲求に対して報酬が追いつかなくなると、精神疾患の領域の問題へと発展していきます。

これに対して「不安恐怖」を管理する神経伝達物質はノルアドレナリン系です。同じ興奮系ですが、脳の以外でも生命維持などに対して重要な役割を果たしているため、抑制的行動を学習、管理しています。
ドーパミン同様正常に働けば生命活動に不可欠ですが、心的外傷体験などのストレスがあった際等過剰に反応働く場合、不安神経症等様々な問題が発生します。

■幸福系神経伝達物質「セロトニン」

それに対して「幸福感」とは他者との相互関係によって生まれてくる感覚です。
神経伝達物質で言えば「幸せホルモン」とも言われるセロトニンによる影響です。
脳の認識が現実体験によって満たされた状態で、体感的に言い換えれば脳が計算した「理想」と体感している「結果」の誤差が少ない、若しくは一致した状態である事を意味します。

纏めると「満足感」は「栄養を摂取する」とか「体操をする」といった興奮系の報酬が満たされている状態です。
「幸福感」とは、日々起こりうる様々な体験が、現実として昇華され認識される課程が正常に果たされている状態です。

「幸せ」を感じて生活するには?

あなたはどういった時に「幸せ」を感じるでしょうか?

「周囲から認められて、同僚や友人から頼りにされている事」
「友人がたくさんいて、バーベキューやお茶をしたりして楽しい時間を過ごせている」
「平凡な毎日だけれども、家族が仲良く健康でいる事」

などなど。価値観は人によって様々でしょう。

これらは

「している活動」「余暇活動」「占有期間」
即ち「オキュペーション」が充実している状態ではないでしょうか?

■「生き方」が幸福を左右する?

先程述べた通り、現代人は50年もの長期に渡って社会貢献することになります。
しかしよほど恵まれた素養と環境条件が整わない限り、50年間という長期間反比例図の様な波形でドーパミンを絶えず働かせて続けて生き抜く事は困難です。

また、常に同じ「安定した」幸福感を感じながら生きる事も困難です。
アルツハイマー型認知症の症状に「多幸感」がありますが、環境が整備され安定した状況下で変化に適応しない生活は誤差修正の機会が減少する事により、前述のセロトニンが満たされた状態とは「逆行」した状態になります。

したがって本当の意味での「幸福な生き方」とは、変化に晒されうる状況下で、その役割に応じた行動結果による経験や認識による感覚を積み重ねていく事になります。

■「GDP」と「幸福度」の非相関性

 ここまで来て申し訳有りませんが、日本人の幸福度がGDPと比較して低い理由に起因している部分なので書かせてもらいます。
 現代日本が抱える大きな社会認識の問題点、それはそもそも20代と60代では生理学的にも神経学的にも年齢差があり経験や感じ方も全く違うのに、それを同じ「成人」「労働者」等の枠で括って考える事です。

若者は若者らしく、中年は中年にしか出来ない、壮年者にはそれ相応の、高齢者にはその特徴にあった役割の創出こそ「オキュペーション」を主体とした生き方が息づく社会であり、個々の個性が生きる豊かな社会の形です。

個人特色を活かした「拓かれた社会」を目指す為には、全てを枠に当てはめ平等に考える「縦割り型」の思考から脱却し、年齢や能力に応じた役割、雇用環境の創出を目指した「ドッドメイキング」的な発想に企業や公的機関だけでなく社会全体が変化していく必要があります。

まとめ

如何だったでしょうか?
今回は「オキュペーション」をテーマにしましたが、この言葉は私の職業である「作業療法士」の英語名

「Occupational Therapist(OT)」

に関連した言葉です。説明してきた通り「オキュペーション」は「している活動」「余暇活動」「占有期間」という意味です。

昨今日本の英語教育の在り方が議論されていますが、他の英単語同様「OT」が日本に紹介された際に、Occupationalに適合する言葉が見つからず、「作業」という言葉が最も日本語に適していると考えたのだと思います。している活動=作業=仕事であり、作業=人生だったのでしょう。

作業療法の「バイブル」と呼ばれるWillard&Spackman'sの定義によれば
作業療法とは、対象者の健康と幸せにとって重要で意味のある日々の活動ができるように援助する「アート(Art)&サイエンス(Science)である。」
via 医学書院 作業療法学概論
としています。


時は流れ時代は変化し、経済成熟を遂げた現代日本では交通通信手段が発達し、海外も昔では考えられない程身近なものとなりました。
街には様々な国人や文化で溢れていますし、日本人が世界に発信し活躍する時代です。
時代の中で「オキュペーション」の意味も大きく変化しました。国際結婚は当たり前ですし、ボランディアや第二の人生など、今日の日本を創るため、戦後の混乱期を必死に生きて来た人達には想像もつかなかった事でしょう。

それと同様に、時代はこれからも変化していくでしょう。
そもそも変化、進化こそが地球上を生き抜く種族の原則です。

この時代を「豊かに」生活していく為に必要な事とは、「他者」を尊重しそれぞれ「個人」の「役割」を認識して社会を豊かにしていく行動を取る、即ち「オキュペーション」を大切にした生き方になるのではないでしょうか?

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