鍼灸師を志したきっかけ

 (52203)

ケアクル:
鍼灸師になろうとしたきっかけを教えてください。

藤原 望未先生(以下、藤原):
鍼灸師の資格を取ろうとしたきっかけはスポーツトレーナーとして、できることの幅を広げるためでした。

母がバドミントンのコーチをしており、私も小学生の頃から選手としてプレーしていました。高校へは特待生として進学することができ、高校生まではバドミントン一筋の人生でした。

高校3年生の進路を考えていたとき、大学に行くなら将来につながることを学びたいと思いました。私の競技人生を振り返ると、身近に応急処置やトレーニングについて相談できるスタッフがいませんでした。自分が怪我をしたときに、どうしたら良いのかわからないことで苦労したことがあります。

母と同様にバドミントンの指導者という道も考えました。ですが人体の構造や専門的な知識・技術を持った指導者になることで、選手をトータルでサポートできると思いました。そのため指導者の道に進む前にスポーツトレーナーになることを決め、日本体育大学 体育学部・体育学科に進学しました。

大学での学生生活

 (52204)

ケアクル:
きっかけはスポーツトレーナーがきっかけだったんですね。大学ではどのような学生生活を過ごされていましたか?

藤原:
大学の学生時代は、トレーナー研究会(スポーツトレーナーを目指す学生が実際の現場を経験しながら、資格獲得のために学ぶことができる同好会)にほとんどの時間をかけていました。メンバーは70名前後。メイク・服装・アクセサリーの制限など決まり事が多くありました。

当初、トレーナー研究会に入るか悩んだこともありましたが、自分の目標を達成するために入会することを決意しました。

入会してからは、スポーツトレーナーの資格試験に向けてテストがあります。テストに合格すると、学内の部活動にアシスタントトレーナーとして帯同することができます。そのため教科書の中身を一言一句漏らすことなく暗記しました。

2年次には、日本体育大学 伝統の『集団行動(体育研究実演発表会)』にも参加しました。集団行動は大学入学前から、テレビで知っていました。また高校の担任の先生が日本体育大学を卒業されていたこともあり、実演会に連れていってもらったこともあります。集団行動を生で見たときに感動し、自分も挑戦してみたいと興味を持ちました。

集団行動は学生の有志が集まって練習を重ねます。自由参加であるにも関わらず、集団行動に参加したいという学生は多く、練習を進めながらオーディションを行い、メンバーを決めていきます。5ヶ月かけて行われる練習で参加メンバーが歩く総距離は、およそ1,000km。東京〜鹿児島間と同じくらいの距離を歩きます。

集団行動とトレーナー研究会の活動を両立させることは大変難しかったですが、実演発表会後の達成感は計り知れないものがありました。

その後、3年次まではアシスタントトレーナーとして、学内の部活動を中心に現場を回っていました。

4年次からは、男子硬式野球に帯同していました。学生トレーナーが3名帯同します。4年生(私)のヘッドトレーナーと2年生のアシスタントヘッドトレーナー、アシスタントトレーナーの3人体制です。チームでは、ウォーミングアップ、トレーニング指導、テーピングやストレッチケアなどを行います。

私が帯同していた年は明治神宮野球大会で優勝することができ、37年ぶりの全国制覇に携わることができました。

そして最終的にはスポーツトレーナーの資格試験を受験し、無事に資格を取得することができました。今では教科書を徹底的に覚え、厳しいテストに付き合ってくださっていた先輩方に感謝しています。

大学卒業後の進路を考える際に、「プロアスリートの現場でトレーナーをやるなら、医療系の国家資格を取得した方がいい」と恩師からアドバイスを受けました。そのため、鍼灸あん摩マッサージ指圧師の勉強ができる花田学園 日本鍼灸理療専門学校に進学しました。

専門学校と修行時代

 (52205)

ケアクル:
大学の学生時代は、相当な苦労や経験を積んで来たのですね。専門学校での生活はいかがでしたか?

藤原:
専門学校での勉強は大学に比べると、人体の構造や医学をより深く学ぶことができて楽しかったです。昼間は学校へ通い、午後からは治療院で勤務していました。職場では壁に当たることも多く、大学生の頃よりも悩んでいたことが多かったように思います。自分の目標としていたバドミントンの現場で活動できるチャンスもありましたが、その時点では自分が準備できている状況ではありませんでした。

専門学校の学生時代は治療院の仕事だけではなく、Webライターや他のアルバイトも経験しました。これまでは「スポーツトレーナーになるために…」といろいろなことを我慢して最短ルートで行く道を選んできましたが、外の環境を見る時間ができ、経験することで視野を広くすることができました。

もう一度、自分がやりたいことを見直したときに、鍼灸を通じて美容や芸能関係にも携わっていきたいという気持ちを再確認しました。私はこれまでの人生で、チャレンジしたいことが見つかると「本当にやりたいか?」というより「これまでやってきた、資格も取得した。勿体ないから、やった方がいい」というような選択をしてきました。

改めて今後の自分の人生を考え直した時に、それだけが道ではないと思うようになりました。そのため、専門学校で勉強しながら、芸能事務所に入るためのオーディションを受ける日々を送るようになりました。

鍼灸あん摩マッサージ指圧師の国家試験は、大学時代のスポーツトレーナーの試験に比べると比較的スムーズに試験を受けることができ、無事に現役合格することができました。

美容を意識し始めたきっかけ

 (52200)

ケアクル:
スポーツトレーナーという目標から、鍼灸を通じて美容と芸能に携わっていく目標に変わりましたが、藤原先生が美容を意識し始めたきっかけを教えてください。

藤原:
女の子はみんな、幼い頃から美容を意識すると思うんです。私もそうでした。

私が小学生の頃、近所に住んでいる4歳くらい年上の幼馴染のお姉さんがいて、家族ぐるみで仲良くしていました。さっぱりしていて、綺麗で、かっこよさも兼ね備えている女優さんみたいなお姉さんでした。

よく一緒に遊んでもらっていましたが、自分もお姉さんみたいに可愛く、綺麗になりたいと思っていました。女の子なら可愛いとか、綺麗になりたいと思うのが普通だと思って生活していました。ですが高校までバドミントン、大学からはスポーツトレーナーの勉強を熱心にやっていたので、なかなか美容を意識することができませんでした。

特に大学でスポーツトレーナーをやっていた時には、オシャレすることができないことが苦しかったです。他の女性トレーナーも、自分と同じように我慢していると思っていました。ですが、大学、専門学校とさまざまな経験をする中で「自己表現を我慢して、その道を進むのは違う」と思うようになりました。

自分のやりたいことは「芸能」、活かせることは「美容」。

鍼灸師として患者さんからも見られる立場になり、「見られている」ということを意識するようになりました。そこから自分も美容に時間を費やすようになりました。

その中でも特に痩身エステを受けた際、見た目の変化だけではなく、自分の気持ちの変化が現れたことに驚きました。今後、鍼灸を通じて見た目の変化だけではなく、患者さんへ気持ちの変化も提供していきたいと思います。

今後の展望

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ケアクル:
大学や専門学校でのさまざまな心境の変化やご自身の実体験から、現在の藤原先生があるのですね!今後の展望を聞かせてください。

藤原:
私は、世の中にあるいろんな固定概念を変えたいと思います。まずは世間の鍼灸師に対するイメージを変えたいと思います。

鍼灸師としてメディアに出演した時に、SNSで「こんなキラキラした鍼灸師いるわけない」「絶対、コイツ鍼灸師じゃない」というようなコメントがありました。『鍼灸師だから、こうじゃなきゃいけない。こうであるべき。』というようなイメージがあることを悔しく思いました。また過去の自分のように「〇〇は、こうしなきゃいけない。こうあるべき。」というような考え方しかできないことは悲しいことだと思います。

何事もイメージ通りである必要性はないと思います。環境や職業などの都合で、本当の自分を我慢せずにやりたいことをやる!「自分をもっと好きになって、自分を大切にしてほしい」そんな風に思います。

この理念を元に、私は鍼灸を通じて患者さん個人の中にある固定概念を変えるサポートもしたいと思います。そのために「マイナスからゼロ、ゼロからプラスへ」をテーマにサービスを提供したいと思います。

具体的に言うと、女性は美容にお金や時間をかける方が多いと思うのですが、それと同じように冷え性や生理痛などの基礎症状の改善にも取り組むべきだと思っています。そんな体の状況では、いくら美容をやっても根本的に綺麗になるのは難しいです。

まずは体に必要な部分を、マイナスからゼロへ戻す鍼灸治療。さらに顔だけではなくカラダ全体を美しく見せる、ゼロからプラスへ発展させる美容&ボディメイクを行います。サービスを通じて、患者さん自身に美しくなっていく自分をもっと好きになって、もっと美しくなりたいという気持ちの変化を感じてもらいたいと思います。

プロフィール

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名前:藤原 望未(ふじはら・のぞみ)
資格:はり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師・公認アスレティックトレーナー(JSPO-AT)

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