はじめに

1995年に『片付けられない女たち』という本が出版されてから、大人のADHD(注意欠陥多動障害:当時はADD注意欠陥障害)が日本でも徐々に注目されるようになってきました。さらに最近、種々のメディアやサイトなどでADHD(注意欠陥多動性障害)が取り上げられることが多くなってきています。

厚生労働省の生活習慣病予防のための健康情報サイトでは、学童期にある子どもの3−7%がADHD(注意欠陥多動性障害)であると考えられるとしています。さらにADHD(注意欠陥多動性障害)は、大人になってからも症状が続いて仕事をするうえでの大きな支障を生じることの多い障害です。

ここではADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬の1つであるストラテラについて、特徴や服用方法、副作用などについて解説します。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状や原因・治療法は?

ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状は?

ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状は、不注意、多動性、および衝動性の3つの領域に分類されます。

・不注意
忘れものや無くしものが多い。
綿密に注意を払うことができずミスが多い。
優先順位をつけられず段取りをうまく立てられない。

・多動性
会議など座っているべき状況でも、離席してしまう。
大人しくしているべき状況でも、過度にしゃべり過ぎる。
落ち着きがなく手足をそわそわと動かしたり、じっとしていることができない。

・衝動性
順番を待てず、しばしば割り込んだりする。
相手が話終わる前に、割り込んで話しだすことがある。
他人が真剣に何かしているのに、それを邪魔したりする。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の原因は?

ADHD(注意欠陥多動性障害)の原因は確定されていないものの、遺伝的要因と環境要因が複合して生じるという考え方が主流となってきています。

まず基盤となるのが遺伝の影響です。遺伝子が同じである一卵性双生児でのADHD(注意欠陥多動性障害)の一致率は高率であるとされています。
また、兄弟にADHD(注意欠陥多動性障害)の人がいると、ADHD(注意欠陥多動性障害)である確率が5-7倍になるとの報告や、両親のうち少なくともどちらか1人がADHD(注意欠陥多動性障害)であるときに、その子どもがADHD(注意欠陥多動性障害)である確率は50%にも達するとの報告もあります。
しかし、遺伝子が全く同じ一卵性双生児の発症一致率が100%ではないことは、遺伝だけでADHD(注意欠陥多動性障害)の発現を説明できないことの根拠の1つであるとされています。

遺伝的要因とは別の環境要因として、極低出生体重児(出生時体重1500g未満)や超低出生体重児(出生時体重1000g未満)であると、子供のADHD(注意欠陥多動性障害)発症割合が高くなるとの報告があります。

その他、妊娠中のアルコールやタバコ、コカインなどの使用、発達早期の逆境体験、周産期の鉛への曝露なども関連性を指摘されています。しかし、これらの要因は確定的なものではありません。

さらに最近の研究からADHD(注意欠陥多動性障害)では、脳のドパミン(以下、DAと表記)やノルアドレナリン(以下、NAと表記)系神経に機能不全があることが分かってきています。

ADHD(注意欠陥多動性障害)は薬で治療するしか方法がない?

ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療の基本は、療育と薬を使わない心理社会的治療です。

しかし、この心理社会的治療の補助として薬は重要な役割をになっています。ただ、薬だけで著効する例がない訳ではありませんが、逆にほとんど効果のない場合もあるため、薬を使う場合は十分な配慮が必要です。薬の効果を判定するには、十分な量を十分な期間だけ服用することが求められます。

しかし、十分な量を十分な期間服用しても効果がはっきりしないときには、漫然と薬を服用し続けるべきではありません。このような場合は薬の服用を一時的に中止して、薬の効果が得られているのか否かを確かめることが必要です。遠慮せずに主治医に相談しましょう。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬ストラテラ

ストラテラの製剤について

ストラテラは2002年にアメリカで開発され、日本では2009年から使用できるようになりました。商品名はストラテラカプセルといい、医師による処方箋が必要な薬(処方箋医薬品)です。

有効成分はアトモキセチン塩酸塩というもので、剤形はカプセルと水薬があります。カプセルにはアトモキセチン塩酸塩としての含有量が5mg、10mg、25mg、40mgのものがあり、水薬は成分濃度0.4%のものが販売されています。

ストラテラはなぜADHD(注意欠陥多動性障害)に効く?

ADHD(注意欠陥多動性障害)は、脳における神経の伝達物質であるDAとNA系神経の機能不全があるとされています。

例えばNA系神経では、神経と神経の継ぎ目(シナプスといいます)で、シナプスのすき間(シナプス間隙といいます)に、神経伝達情報を伝える側の神経から神経伝達物質NAが放出されます。その放出されたNAが、神経伝達情報が伝わる側の神経にある伝達物質受け入れ部位(レセプターといいます)に引っ付くことで、神経伝達情報が伝わって種々の機能が発揮されます。

このレセプターに引っ付いたNAは、やがてレセプターから離れて、NAを放出した側の神経に回収(再取り込みといいます)されます。ストラテラはこの再取り込みを抑制することで、シナプス間隙のNAの数を増やし、NAを受け取る側の神経のレセプターに神経伝達物質であるNAが引っ付く確率を高めるのです。

つまり神経伝達が良くなるということになります。この神経伝達の改善により脳神経機能が改善し、ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状への効果が現れるのです。

ストラテラの特徴は?

ストラテラの特徴は、依存性(止められなくなる)や耐性(効きが悪くなる)が認められず、副作用が少ないことと言えるでしょう。ストラテラはNAの再取り込みを抑制することで効果を発揮します。そのメカニズムは、NAの再取り込みをしているNAトランスポーター(NAの回収口のようなもの)に、ストラテラが引っ付いて、NAの回収口を塞ぐことで再取り込みを妨げると表現すると分かりやすいかも知れません。このNAトランスポーターは前頭前野の神経細胞に多く存在し、線条体や側坐核には極めて少数しか存在しません。また、NAトランスポーターはNAだけでなくDAの再取り込みも行うため、NAトランスポーターの働きを妨げるとNAとDAの両方が回収されなくなります。

その結果、シナプス間隙でDAとNAの両方が増えることになるのです。つまりNAトランスポーターの多く存在する前頭前野では、ストラテラはNAとDAの両方を増加させ神経機能の改善効果を発揮します。しかし、依存にかかわる側坐核では殆どNAトランスポーターが存在しないため、ストラテラは側坐核のDA増加させないのです。そのためストラテラは依存性を心配する必要がありません。

ストラテラの用法用量は?

ストラテラは18歳未満の場合と18歳以上の場合では開始用量や増量用量が異なります。18歳以上の場合、一定用量で開始して一定用量ずつ増やしていくのに対し、18歳未満の場合は、体重に合わせて開始用量や増量用量が定められているのです。

・18歳未満の場合
アトモキセチン塩酸塩として1日0.5mg/kgより開始し、その後1日0.8mg/kgとし、さらに1日1.2mg/kgまで増量します。これで効果が十分であれば1日1.2mg/kgで維持し、効果が不十分であれば1.8mg/kgか120mgのどちらか少ない方まで増量して維持量とします。なお、増量するときは1週間以上の間隔をあけてから増量し、どのような服用量であっても1日2回に分けて服用することになるので注意が必要です。

・18歳以上の場合
アトモキセチン塩酸塩の服用開始用量は1日40mgです。その後、1週間以上の間隔を空けて1日80mgまで増量し、効果が認められれば1日80mgで維持します。しかし、効果がない場合は120mgに増量して服薬を継続します。80mgから120mgへ増量するときは2週間以上の間隔をあけ、服用方法は1日1回で服用しても1日2回に分けて服用してもよいことが小児の場合と異なる点です。ただし、1日の最大投与量は120mgであり、これを超える量を服用することはできません。

ストラテラの服用にあたっての注意点は?

お薬を服用するかどうかは、まず第一に効果があること、次に副作用がないか、あったとしても許容範囲の副作用であることが重要な要素になります。ストラテラはADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬の中では副作用が少ない薬です。しかし、副作用が全くない訳ではありません。以下に副作用や使用上の注意点について解説します。

小児のストラテラの副作用は?

小児における国内臨床試験では278例中209例(75.2%)の副作用が報告されています。主なものとしては、

頭痛(22.3%)
食欲減退(18.3%)
眠気(14.0%)
腹痛(12.2%)
悪心(9.7%)です。

この中で特に問題となる副作用は食欲減退です。小児の場合、食欲低下は体重増加の抑制や成長遅延をきたす可能性があります。海外での調査では、成長遅延は一時的であり最終的には回復するとの結果が報告されています。しかし、服薬している子どもに体重増加の抑制や成長遅延が認められる場合は、服薬を中止するかどうかを主治医と相談することが大切です。

成人のストラテラの副作用は?

成人におけるアジア人を対象とした臨床試験では、392例(日本人患者278例)のうち315例(80.4%)に副作用が報告されています。主なものは、

悪心(46.9%)
食欲減退(20.9%)
傾眠(16.6%)
口渇(13.8%)
頭痛(10.5%)です。

このうち、成人の場合に問題となるのは、心血管系の副作用でしょう。具体的には血圧上昇や頻脈などです。1%未満の頻度ですが、失神の副作用も報告されており心臓病や高血圧などの持病のある人は、特に注意する必要があります。

ストラテラの重大な副作用は?

黄疸や肝不全をきたすような重篤な肝機能障害、アナフィラキシー(血管神経性浮腫、じんましん等)が生じることがあります。このような副作用が認められた場合はすぐに病院を受診して、減量したり服薬の中止について主治医と相談しなければなりません。

ストラテラと他の薬の飲み合わせは?

・併用してはいけない薬

ストラテラと組み合わせてはいけない薬(禁忌薬)はセレギリン塩酸塩(商品名エフピー)のみです。エフピーは、パーキンソン病に使用される薬ですが、ストラテラと併用すると互いに作用が増強されてしまいます。エフピーは過剰摂取で、薬剤抵抗性のけいれん発作や幻視が現れたとの報告や、失神や血圧低下、ショック症状など重篤な副作用が出る可能性があります。そのため、ストラテラとエフピーの併用でも同様の危険が考えられるので併用は禁忌です。どうしてもストラテラを使用する必要のある場合は、エフピーを他の抗パーキンソン薬に変更し、その後、2週間以上の期間を開けてからストラテラを服用する必要があります。


・併用するときに注意を要する薬

併用禁忌ではないものの、飲み合わせに注意が必要な薬があります。まず、サルブタモール硫酸塩(喘息などの薬、注射等の全身投与や吸入投与を除く)やβ-受容体刺激薬(ドブタミン、プロカテロールなど血圧や心拍数を上げるための薬)を併用するときは、望ましくない心拍数や血圧の上昇が生じる可能性があるため注意が必要です。また、ストラテラは肝臓でCYP2D6という酵素によって分解されるので、CYP2D6の働きを阻害するパロキセチン塩酸塩水和物(抗うつ薬、商品名パキシルなど)と併用すると、ストラテラが分解され難くなるためストラテラの血中濃度が高くなって副作用がでる可能性があります。

最後に

ADHD(注意欠陥多動性障害)は発達障害であり、12才までには種々の症状が明らかになる障害です。ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬であるストラテラは、小児のADHD(注意欠陥多動性障害)に対して投与開始2週目から症状改善が現れ、4週間で安定した効果が得られるとされています。また、稀には服薬直後から効果の現われる人もいれば、効果の発現まで8週間以上かかる人もいます。専門医と相談しながら諦めずに服薬を続けることが大切です。

ただし、6歳未満の子どもでは、有効性と安全性は確立されていないため使用できません。また、成人のADHD(注意欠陥多動性障害)においても投与開始2週目から症状改善が現れ、耐性が生じにくく長期にわたりADHD(注意欠陥多動性障害)の症状を改善するとされています。

しかし、ストラテラも万能薬ではありません。漫然と服薬し続けるのではなく、副作用や飲み合わせに注意しながら、投与量や減量あるいは中止についても主治医や薬剤師とよく相談し、療育や心理社会的治療と薬を上手に組み合わせ、ADHD(注意欠陥多動性障害)の生きづらさを克服していくようにしてください。きっとADHD(注意欠陥多動性障害)の人にも、大きな可能性が広がってくるはずです。

監修

・精神科医 米澤 利幸

・精神科医 米澤 利幸

専門分野 
社会不安障害、不安障害、うつ病

経歴
昭和58年 島根医科大学(現島根大学)医学部 卒業
平成 9年 福岡大学精神神経科外来医長
平成12年 赤坂心療クリニック院長

資格
医学博士
精神保健指定医
日本精神神経科学会専門医

関連する記事

関連するキーワード

著者