はじめに

ADHD(注意欠陥多動性障害)は、不注意と衝動性および多動性という3つの領域で年齢にふさわしくない行動が認められます。その結果、学業や仕事をするうえで大きな支障が生じるのです。

ADHD(注意欠陥多動性障害)に対する治療で中心となるのは、認知行動療法や社会技能訓練および教育的指導などの心理社会的治療です。しかし、とくに重症例では薬を使用することで、社会生活や私生活における問題をかなり改善することができます。

ここで解説しているのは、ADHD(注意欠陥多動性障害)に対する薬の中でも最も新しいインチュニブについてです。インチュニブには他の薬にはない特徴があります。他剤と使い分けなども含め、適切に薬の選択ができるよう分かりやすく解説します。

ADHD(注意欠陥多動性障害)とは?その症状・原因・治療について

ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状

先の述べたように、ADHD(注意欠陥多動性障害)は、不注意と衝動性および多動性という3つの領域に問題が生じます。また、反抗挑戦障害(反抗的な態度と行動パターンをとる病気)や素行障害(ルールを守らず他人の人権を侵害する行動を繰り返す病気)をしばしば合併します。3つの領域の具体的な症状は以下のようなものです。


・不注意

忘れ物やなくし物が多い
作業や課題に取り組み続けられない
話しかけられても聞いていないように見える


・多動性と衝動性

待てない
落ち着きがない
ひどく過剰に行動する
他人の行動に干渉し邪魔する
静かにじっと座っていられない

ADHD(注意欠陥多動性障害)の原因

ADHD(注意欠陥多動性障害)の原因は確定されていないものの、前頭前皮質に原因を求める考え方が主流でした。

しかし、近年の研究からADHD(注意欠陥多動性障害)では、脳の全体的な神経の接続の問題と脳の成熟の遅れがあることが分かってきています。その結果として実行機能障害が生じ、ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状が出現すると考えられているのです。

実行機能とは高度な脳機能であり、
抑制機能(我慢する能力)
作業記憶(一連の作業を行うために必要なことを記憶する能力)
文脈依存記憶(空気を読むために記憶しておく能力)
流暢性(スムースさ)
計画立案(うまく計画立案できる能力)
認知シフティング(注意を適切に切り替えること)などです。

その他、時間処理障害(次々に生じることに優先順位をつけて処理したり原因から結果を予測する機能の障害)や遅延報酬障害(将来のより大きな利益のために今したいことを我慢する機能の障害)なども注目されています。

これらの機能はいずれも、ドーパミンとノルアドレナリでコントロールされる脳神経が関係すると考えられているのです。実行機能は前頭前皮質の機能であり、ノルアドレナリンとドーパミンが関係します。時間処理障害は小脳でのノルアドレナリンが関係します。遅延報酬障害は線条体・側坐核・眼窩前頭野などの報酬系というシステムや視床などで調整され、ドーパミンが関係します。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療

ADHD(注意欠陥多動性障害)治療の基本は、教育関係者や父兄および医療関係者による総合的な患者支援にあります。大人になってからは職場の協力も必要となります。そして、治療の主役は認知行動療法や社会技能訓練などの心理社会的治療です。

しかし、特にADHD(注意欠陥多動性障害)の症状が重度であるときには、薬の使用が有用となることがほとんどです。現在、日本で使用できる薬は3つあります。中枢神経刺激薬であるコンサータ、ノルアドレナリン再取り込み阻害剤のストラテラ、そして、ここで紹介する選択的α2Aノルアドレナリン受容体刺激薬に分類されるインチュニブの3つです。

それぞれの薬に特徴があり、適切に使い分ける必要があります。簡単に説明すると、コンサータは服用後すぐに効果を発揮し効果も最も強いのですが、依存性(止められない)と耐性(効果が弱まる)があります。ストラテラは依存性も耐性もありませんが、効果が得られるまでに数週間かかり、コンサータより効果は弱い傾向があります。インチュニブは、1−2週間で効果が現れ依存性も耐性もなく、チックや反抗挑戦障害を合併していたり衝動性の問題が目立つ人にも効果が期待できる薬です。以下で、インチュニブについて詳しく解説します。

ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療薬インチュニブとは?

インチュニブとはどんな薬?

インチュニブの成分であるグアンファシンは、元々は高血圧の治療薬として利用されてきました。成分としてのグアンファシンは、血圧上昇作用のあるノルアドレナリンの分泌を抑制するα2Aノルアドレナリン受容体を刺激する薬です。通常の製剤ではすぐに吸収されて、早期に体から排出されてしまいます。

そこで、ゆっくり吸収されて1日1回の服用で効果を持続できるようにしたのがインチュニブです。インチュニブには睡眠障害という副作用がないため、夕方に服用することができます。夕方に服用できることのメリットを理解するには説明が必要でしょう。ADHD(注意欠陥多動性障害)の人で、ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状の問題が夕方から夜間あるいは翌朝に生じる人が、相当の数いるため、夕方に服用できる薬が望まれたのです。

これとは別に、インチュニブが必要とされた要因があります。多くのADHD(注意欠陥多動性障害)の治療ガイドラインで、中枢神経刺激薬は第一選択の薬と位置づけられているのです。しかし、中枢神経刺激薬には、食欲の低下やそれに伴う体重減少などの成長への悪影響が生じる可能性があります。さらに、中枢神経刺激薬で睡眠障害が生じるため、服薬が遅い時間になってしまうと生活のリズムが乱れてしまうのです。

また、中枢神経刺激薬であるメチルフェニデート(徐放剤はコンサータ)は、前頭前皮質の神経機能障害や神経系の接続の形成を慢性的に妨げることが動物実験で報告されています。そして、中枢神経刺激薬の長期使用で治療効果の低下や休薬日などでの症状のリバウンドも生じるため、中枢神経刺激薬以外の薬の開発が待たれていました。

それに加え、チックや反抗挑戦障害・高血圧・薬物乱用もしくは依存症・衝動性の問題・睡眠障害などを合併する人での安全な薬が必要とされたのです。

インチュニブがADHD(注意欠陥多動性障害)に効果をあらわすメカニズムは?

インチュニブは、選択的α2Aアドレナリン受容体刺激薬に分類される薬です。徐放性製剤ですが服薬後すぐに吸収され、約5時間で血中濃度がピークとなります。そして、およそ17時間で血中濃度が半分になるため、1日1回の服用でよい薬です。

インチュニブが、どのように作用して効果を現すのかは少々複雑です。ノルアドレナリンで制御される神経では、ノルアドレンリンが神経の末端から放出され、それを受け取る神経末端にノルアドレナリンがひっつくことで神経の情報が伝わることになります。このひっつく側の神経末端にα2Aアドレナリン受容体というものがあり、これにインチュニブの成分であるグアンファシンがひっつくことで(ここからが少々複雑です)、HCNチャンネルというものが閉じます。このHCNチャンネルが閉じると、神経の信号を伝える働きが増強されるのです。

一方、神経伝達物質であるノルアドレナリンもドーパミンも、少なすぎても多すぎても神経の機能を低下させます。情報を伝える神経伝達物質が少なすぎると情報が伝えられなくなるのは当然ですが、多すぎるとなぜ神経の機能が低下するのでしょうか?それは、神経伝達物質が多すぎると、余分な神経伝達物質が、情報を伝えるべき神経から離れたところにある類似の受容体(サブタイプ)を刺激することとなり、神経伝達における雑音(ノイズ)が発生して本来伝えるべき情報を弱めてしまうからです。

こちらが「お水を持ってきて!」と言っているときに、ダンプカーが通って声が聞こえなくなるのと同じような状態が生じるとイメージすると分かりやすいかも知れません。コンサータもストラテラも、ADHD(注意欠陥多動性障害)で減少しているドーパミンやノルアドレナリンを適度に増やすことで効果を現すのとは異なる点です。

インチュニブの服用方法

まず注意するのは、インチュニブが使用できるのは、6歳以上18歳未満の子どもであるということです。6歳未満の子どもや18歳以上の人には使えないので注意してください。

投与開始量は体重によって変わります。50kg未満の人は1日1mgから、50kg以上では1日2mgより投与を開始します。増量するときには、1週間以上の間隔をあけて1mgずつ下表の最高用量まで増量が可能です。いずれの量でも1日1回経口投与します。
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インチュニブの服用にあたっての注意点

一般的な注意点

薬は、効果による利益が副作用による不利益を上回るときのみ服薬を継続するものです。効果がないときは服用を中止し、本当に効果が出ているのかを確認する必要があります。また、効果があっても、病気から生じる生活上の支障を上回る副作用が生じているときも、使用を中止すべきです。

インチュニブ特有の注意点

日本ではADHD(注意欠陥多動性障害)治療のガイドラインは作成されていません。海外の多くのガイドラインで、インチュニブはADHD(注意欠陥多動性障害)の第一選択薬とはされていません。インチュニブを最初に使用する薬にすることは不適切とはいえないまでも、他剤で効果が得られないか、他剤では副作用が強い、あるいは他剤が使えない合併症にかかっている場合にインチュニブを使用するのがいいでしょう。

具体的な注意点では、インチュニブの製剤に含まれる成分にアレルギーを生じたことのある人、妊婦または妊娠している可能性のある婦人(奇形発生のおそれ)、房室ブロック(心臓を動かす信号が伝わることの障害)のある人(症状の悪化のおそれ)には使用できません。

また、高度な血圧低下や脈拍数の減少により失神するこがあるため、インチュニブの使用を開始する前とインツチュニブを増量した1-2週間後に血圧および脈拍数を測定する必要があります。それ以後もインチュニブ使用中は、4週に1回は血圧と脈拍数を測定しなければなりません。

さらに、脱水によりインチュニブの血中濃度が上昇して副作用が増強する可能性があり、脱水には注意し適切な治療をしてもらうことが大切です。その他、自殺念慮や自殺行為・攻撃性・敵意・体重増加なども生じることがあるので、これらの副作用、特に自殺念慮や自殺行為が生じたときには直ぐに主治医に連絡するようにしましょう。

最後に、納得しにくい注意点があります。眠気や鎮静による注意力の低下が生じることがあるため、インチュニブ服用中の人には「自動車の運転や危険を伴う機械の操作には従事させないよう注意すること」という注意書きが薬の説明書に記載されています。眠気などが生じていない場合でも、それが生じる可能性があるというだけで「車などの運転は禁止」であるというように、インチュニブを服用している人に医師は指導しなければならないのです。

小児のインチュニブの副作用

発売前の安全性評価では、254例中190例(74.8%)に副作用が認められています。頻度の多かった副作用は、傾眠146例(57.5%)・血圧低下39例(15.4%)・頭痛31例(12.2%)です。なお、6歳未満と18歳以上の人での副作用は調べられていません。

インチュニブの重大な副作用

高度な低血圧(5%以上)や高度な徐脈(5%以上)、失神(頻度不明)、房室ブロック(0.5%未満:心臓内で心房と心室の拍動のタイミングがバラバラになる病気)などが報告されています。これらの副作用が生じたときは、インチュニブを減量したり中止したりする必要があるため、すぐに主治医に相談するようしましょう。

併用してはいけない薬と併用するときに注意が必要な薬

インチュニブと併用してはいけない薬はありません。併用するときに注意する薬には、次のようなものがあります。

CYP3A4/5阻害剤(イトラコナゾール・リトナビル・クラリスロマイシンなど:インチュニブの血中濃度のが上昇により作用や副作用が増強するおそれ)、
CYP3A4/5誘導剤(リファンピシン・カルバマゼピン・フェノバルビタール・フェニトインなど:インチュニブの血中濃度が減少し作用が弱まるおそれ)、
中枢神経抑制剤(催眠剤・抗精神病薬・フェノチアジン誘導体・バルビツール酸誘導体・ベンゾジアゼピン誘導体など:作用が弱まるおそれ)、
アルコール(相互に作用を増強するおそれ)、
バルプロ酸(バルプロ酸の血中濃度が増加するおそれ)、
降圧作用を有する薬剤(β遮断剤・Ca拮抗剤・ACE阻害剤・アンジオテンシンII受容体拮抗剤・降圧利尿剤など高血圧の薬:相互に作用を増強し失神を起こすおそれ)、
心拍数を減少させる薬(ジギタリス製剤など:相互に作用を増強し失神を起こすおそれ)などです。主治医とよく相談しながらインチュニブを使用するようにしましょう。

インチュニブを投与する場合に慎重に注意する必要のある病気

低血圧・起立性低血圧・徐脈・心血管疾患・血圧を低下または脈拍数を減少させる作用のある薬を服用中(血圧や心拍数を低下)、
高血圧(インチュニブを急に中止すると血圧が上昇)、
不整脈・先天性QT延長症候群・QT延長を起こすことが知られている薬剤を投与中(QT延長による心停止)、
狭心症や心筋梗塞等の虚血性心疾患(急激な血圧低下による虚血性心疾患の悪化)、
脳梗塞などの脳血管障害(急激な血圧低下による脳血流量の低下で症状が悪化)、
重度の肝機能障害や重度の腎機能障害(インチュニブの血中濃度が上昇)、
抑うつ状態(インチュニブの鎮静作用により症状が悪化)

などの病気があるか、あるいはそれらの病気にかかったことのある人にインチュニブを投与するときは、十分な観察をおこない、上記の()内に記載したサインが現れたときには、インチュニブの継続か減量あるいは中止するかを主治医とよく相談しましょう。

まとめ

投与量が十分量となっているとき、インチュニブの効果は1−2週間で現れてきます。効果の発現は、ストラテラよりは早くコンサータよりは遅いということです。

効果が現れるまでの期間の違い以上に、3つの薬には異なる特徴があります。

コンサータが主にドーパミンを増やしノルアドレナリンも増やすことで、ADHD(注意欠陥多動性障害)の症状を改善します。ストラテラはコンサータとは逆に、ノルアドレナリンを主に増やしドーパミンも少し増やすことで症状を改善します。

コンサータは報酬系という依存に関わる脳の部位も活性化するため依存のリスクがあります。報酬系にはストラテラが作用する受容体が極めて少ないため報酬系を活性化することがなく、したがって依存の危険はありません。

しかし、ストラテラよりもコンサータの方が効果は早く強く現れるようです。

一方で、インチュニブは、神経の情報伝達における効率を改善することで、機能不全を起こしている脳機能を良い方に調整して効果を発揮します。インチュニブのこのような作用メカニズは、チックや反抗挑戦障害を改善することも報告されています。

また、コンサータやストラテラには血圧を上げたり脈拍を増やす作用がありますがインチュニブにはその作用がありません。つまり、コンサータやストラテラでは慎重に投与しなければいけない病気を持っている人にも、インチュニブは使用できるということです。

一方で、インチュニブでは投与を慎重に考えなければいけない病気もあるため、それぞれの薬に適した使い方を考慮する必要があります。ここで主に紹介したインチュニブを含む薬は、ADHD(注意欠陥多動性障害)の人における生活の質を改善する効果があります。

しかし、それぞれの薬には異なる特徴があり使い方は少々複雑です。薬以外の治療もあわせて、生活の質を高めることを目指して専門医とよく相談して治療を進めるようにしてください。

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