はじめに

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みなさんは『胃下垂』という言葉をご存じでしょうか? 中には、『胃下垂になると痩せられる』といった噂を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、実際のところ、それは決して単純な話ではありません。今回は、多くの女性が気にすることの多い『胃下垂』について、詳しく分かりやすくお話ししていきたいと思います。

胃下垂とは

まず、胃下垂とはどのような状態なのでしょうか。普段あまり耳にする機会の少ない言葉ですが、医学的に『胃下垂』という場合、それは症状の有無に関係なく、胃の形に異常がある状態を指します。

通常、胃はお腹の中でおへそよりも上の位置に、少し曲がった形で収まっています。しかし、何らかの原因で胃の形が変化してしまうと、胃の曲がり角にあたる『胃角』と呼ばれる部分が、おへそより下に落ちてしまうことがあります。このような状態が、いわゆる『胃下垂』です。

医学的には、骨盤の一番高い部分(腰の両側に手を置くと触れる出っ張り部分)を結んだラインよりも胃角が下に位置する場合に、胃下垂と診断されます。

ただし、胃下垂というだけでは必ずしも明確な症状があるわけではありません。そのため、健康診断や他の検査で胃のレントゲンを撮った際に、初めて『胃下垂』だとわかるケースも少なくありません。

胃下垂になるとどんな症状があらわれるの?

胃下垂になると、胃が下腹部に落ち込むため、お腹がぽっこりと膨らんだように見えることがあります。ただし、それ以外には目立った症状が現れない場合も少なくありません。

一方で、症状が出る場合には、消化不良による胃もたれや、消化を助けようとして胃酸が過剰に分泌されることで起こる胸焼けなどが見られることがあります。

これらの胃もたれや胸焼けといった症状が強く出る場合、実は『胃下垂』に加えて『胃アトニー』を発症している可能性が高くなります。

胃アトニーとは、『胃無力症』とも呼ばれる状態で、胃の筋力が低下して消化機能がうまく働かなくなる病気です。この病気は胃下垂と同時にみられることが多く、発症すると胃もたれやお腹の張り、胃痛、さらには食欲不振などの症状を引き起こします。

胃下垂はどんな人がなりやすいの?

胃下垂の原因として考えられるのは、胃を支える筋肉や脂肪が不足している、もしくはそれが弱まってしまうことです。このため、やせ型の人や、肥満体型から急激に体重が減った人、急激に成長した人などが胃下垂になりやすいとされています。また、普段から必要以上に大量の食べ物を摂取する習慣がある人は、食べ物の重みで胃が下がりやすくなり、胃下垂を引き起こす可能性があると考えられています。

ただし、これらの原因については必ずしも明確な因果関係が証明されているわけではありません。例えば、痩せたからといって必ず胃下垂になるわけではないのです。

また、先ほど述べた『胃アトニー』も胃下垂の一因になることがあります。胃アトニーは、胃の筋力が低下することで引き起こされる病気で、過労や暴飲暴食、ストレス、不安などが発症の原因とされています。さらに、腹部の手術や出産、甲状腺機能亢進症や脳下垂体不全といったホルモンに関わる病気もきっかけとなることがあります。

そのため、こうした生活習慣や経験がある人は、間接的に胃下垂になりやすいと言えるでしょう。

胃下垂って太らないの?デメリットは?

「『胃下垂になると太らない』という話を耳にすることがありますが、これは正確な情報とは言えません。痩せている人に胃下垂の方が多いことから、このような誤解が生じたのかもしれません。しかし、一般的には『痩せていることが原因で胃の形が変わり、結果的に胃下垂になった』と考えるほうが、因果関係としては自然でしょう。

また、胃下垂が胃アトニーを伴い、食欲不振や消化不良を引き起こすことで痩せる場合もありますが、これは単なる栄養失調の状態です。そのため、健康にとっては非常に悪影響を及ぼします。『太らない』ことを目的に健康を害してしまっては本末転倒です。

デメリットとして挙げられるのは、まず見た目の問題です。胃下垂になるとお腹がぽっこりと膨らんだように見えるため、見た目を気にする人にとってはストレスとなるかもしれません。また、消化不良が起きやすくなることで、健康にも悪影響があります。栄養が十分に摂れなくなると肌荒れの原因になったり、むくみや貧血を引き起こす可能性も考えられます。

ただし、日常生活に支障が出るほどの強い症状がない場合は、すぐに病院に行く必要はないとも言えます。その場合は、症状の進行を観察しながら適切な対応を検討することが大切です。

胃下垂を改善する方法とは

胃下垂を改善するためには、腹筋などの運動を取り入れて胃の周りの筋肉を強化することや、適度に体重を増やして胃の機能を活性化させることが効果的だとされています。

さらに、過労や暴飲暴食、ストレスを避けることも重要です。適度な運動を日常生活に取り入れるとともに、バランスの取れた食生活を心がけることで、胃の機能回復をサポートできます。もし胃もたれなどの症状がひどい場合は、一度に大量に食べるのではなく、食事の量を減らし、代わりに1日数回に分けて食べることで、胃への負担を軽減することができます。

また、胃の中の食べ物がスムーズに腸へ送られるようにするため、食後30分ほど体の右側を下にして横になるのも有効な方法として知られています。

胃下垂に胃アトニーを併発している場合も、基本的な対策は同じですが、必要に応じて薬を使った治療が行われることもあります。たとえば、胃の運動機能を高める薬や、消化を助ける薬が処方される場合があります。治療内容は症状の程度や個々の状態に応じて調整されます。

もし胃もたれや胸焼けなどの症状が強く現れ、病院を受診する場合は、消化器内科を訪れることをおすすめします。その際、自分が感じている症状や不安を医師に具体的に伝え、しっかり相談したうえで治療を受けることが大切です。

まとめ

「胃下垂になると痩せる」といった噂を耳にすることがありますが、実際にはそのような効果は期待できません。それどころか、胃下垂は消化不良を引き起こし、胃もたれや不快感を伴うことで、健康を損なうリスクを高めてしまいます。

そのため、胃下垂になった場合は症状を放置せず、適切な治療を受けることが大切です。早めに対処することで、健康を維持しながら理想的なプロポーションを保つことができるでしょう。

また、胃下垂や胃アトニーを改善するための適度な運動や、バランスの取れた食生活は、単に症状の緩和だけでなく、ダイエットにも効果を発揮する可能性があります。少しでも気になる点がある場合は、まずは自身の生活習慣を見直すことから始めてみるのが良いのではないでしょうか。日々の小さな積み重ねが、健康的な体づくりにつながります。

監修

・総合診療医 院長 豊田 早苗

・総合診療医 院長 豊田 早苗

専門分野 
総合診療医

経歴
鳥取大学医学部医学科卒業。2001年 医師国家試験取得。
2006年とよだクリニック開業。
2014年認知症予防・リハビリのための脳トレーニングの推進および脳トレパズルの制作・研究を行う認知症予防・リハビリセンターを開設。

資格
医師免許

所属学会:総合診療医学会、認知症予防学会

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