1.はじめに

瞑想、ヨガ、呼吸法、深呼吸、禅、気功、マインドフルネスetc

最近あちこちで目にする言葉の数々。

これらのワードはこの現代で注目されているのと同時に、私たちが生まれる遥か前から、先人たちによって生活の知恵として活用されてきました。

それは何故なのでしょう?

「起きていても、寝ていても」

私たちがこの世に生を受けて、最後まで働き続ける臓器たち。

東洋医療では「五臓六腑」と呼ばれる臓器たちは、自律神経によってそれぞれが協調し合いながら生命活動を維持しています。

その中でも「呼吸器」と呼ばれる機関は、赤ん坊が産声をあげた瞬間から息を引きとるまで止まることなく働き続けます。その役割は酸素(O2)と二酸化炭素(C02)の交換を行ない、血液を送る循環器系と連動して身体活動を可能にする事です。

そして生命活動を維持する事と同時に、呼吸は行動判断、選択にも影響を与えています。

日本語の中には

・息が弾む
・息を荒げる
・ため息を吐く

等々、人の感情を連想させる表現方法が数多く存在しており、人は呼吸、運動、感情には強い関係性がある事を経験則で認識して来ました。

また、「ストレス」と表現される目に見えない意識や感覚の問題が心身に大きな影響を与えることも同様です。

それに対して、「瞑想」は神秘的なエネルギーや不可思議な体験を得るためものとして、太古から活用されて来ましたが、近年は統計学的な解釈による実証研究が盛んに行われるようになりました。近年注目されている心理学の視点で「ストレスコーピング」があります。
ストレスコーピングとは?
• コーピング(対処行動)とは、個人がストレッサーにさらされたとき、ストレス状態を低減しようとさまざまな対処行動を行うこと。ラザラスとフォルクマンが命名。
• 情動的な苦痛を低減させるための情動焦点型コーピングと、ストレスの原因となる問題を解決するための問題焦点型コーピングに分類される。
ストレッサーの種類や状況に応じて、コーピングを使い分けることが効果的
via 二宮克美編(2016).ベーシック心理学第2版,医歯薬出版
ストレスコーピングから見て、情動焦点型、問題焦点型の双方に対して効果的にアプローチする手法であると考えられます。


その一例としてマサチューセッツ工科大学(University of Massachusetts)医学大学院教授であるJ・カバットジン著の「マインドフルネス低減法」が挙げられますが、近年科学的認知が高まり、欧米や富裕層、ビジネスパーソンの間で活用されるようになりました。

今回は、奥深い呼吸法と瞑想の世界の「ほんの入り口」を、ヒトの身体と意識の部分から簡単に解説します。

2.呼吸とは何か?

生理学の観点から考えれば、生命維持活動に必要な「酸素」を取り入れ、不要となった「二酸化炭素」を排出するために、生体内と生体外の間にある肺の気圧変動によって、血液とのガス交換を行っている行為になりますが、この活動は基本的には無意識で行われています。

当たり前のことですが、ヒトは呼吸が止まりガス交換が行われなくなれば死にます。

つまり、呼吸とは「生命活動と一体」であると言えます。

激しい運動をすればそれだけ多くの酸素を必要としますし、日常生活においては一定のリズムで、効率的にガス交換が行われています。

その呼吸活動自体を直接管理する事は困難ですが、呼吸筋を能動的に動かす事による呼吸リズムの変化や、吸呼気量を意図的に変える事により間接的に呼吸を変化をさせることは可能です。

例としては、皆さんもラジオ体操や学校の体育で行ったことのある、大きく息を吸って、ゆっくり息を吐く深呼吸などです。

これによって、呼吸のリズムに意図が加わることは、人の「行動」と「意識」に少なからぬ影響を与えています。

3.なぜ呼吸と健康が関係するのか?

私たちは日々、「呼吸」して生命活動を維持しています。

人間のみならず、動物の生涯心拍数は20-23億回と言われ、
一日の呼吸量は体重50キログラムの人でおよそ14,400ℓと言われています。

心拍の役割は、前項で述べた生命維持活動のために必要な酸素を乗せてた血液を体内に送り、二酸化炭素などを乗せた血液を肺へと還流させる体内循環のためのものです。

「呼吸」と「健康」の関係に関して脳を例に挙げます。脳細胞は末梢酸素量が低下する事で酸素供給不足になり死滅します。
また認知症のタイプとして「脳血管型認知症」と呼ばれるものがあります。
脳血管型認知症は、その名の通り脳血管のトラブルが原因で認知症になる認知症の総称です。
血管に何らかのトラブルが起きて、脳細胞に悪影響を及ぼすことによって記憶力や認知機能が低下していきます。
逆説的な言い方をすれば、健康な状態の脳には酸素が行き届いている事により、脳細胞やシナプスのニューラルネットワークを構築、維持していると言えます。

また心拍数の増減は「感情」と強い関係があります。
脳科学は非常に複雑です。眠れなくなるくらい面白い内容ですが、長くなるので細かい部分は今回は割愛して説明します。

感情の基本は大脳辺縁系と呼ばれる場所が司っていて、ここには海馬や扁桃体が含まれます。間脳には視床や視床下部、松果体、脳下垂体などが含まれます。これらは旧哺乳類脳、脳幹部は原始爬虫類脳にそれぞれ分類され、主に生命維持活動を司っています。

原始爬虫類の行動基準とは、

生命が「安全」か「危険」か

です。

自律神経系を支配するのは2箇所で間脳延髄網様体(かんのうえんずいもうようたい)と橋部(きょうぶ)です。前者は呼吸リズム、後者は呼吸調整中枢を司っています。

バイクなどの事故で頸髄損傷になった際には、頚椎のどのレベルでの損傷であるかが生死を分けますが、その理由は延髄〜橋部が損傷すると呼吸活動が行われなくなるからです。

つまり、呼吸を調整することは原始爬虫類脳と新哺乳類脳の調整を行なっていることであり、その中間に位置している旧哺乳類脳を無意識下で活性化している事になります。



これにより、感情やストレスのコントロールが容易になり、ホルモン分泌の調整が円滑に行われるようになるなどの二次的効果が期待できます。

つまり呼吸はヒトの体内環境と密接な関係にあり、健康と切っても切り離せない関係にあると言えます。

4.意識と無意識

意識(consiousness)と無意識(unconsiousness)とはどんな状態でしょうか?

体内システムで考えた場合、「交感神経」と「副交感神経」の役割で考えると分かりやすいのかもしれません。

私たちは行動を自らの意思で選択して生きているように感じますが、同時に、細胞や臓器は寝ている間も生命維持活動を継続しています。

では呼吸はどちら側に位置しているでしょうか?

答えは双方です。

安静時と運動時では呼吸が変化します。
寝ている間であれば無意識に呼吸は行われていますし、ランニングをする際には大量の酸素を欲して自ら息を吸う為に肋骨や、横隔膜の動きを意識して筋肉を動かして呼吸をします。

このように意識と無意識状態双方ともがあって生命は維持されています。

5.瞑想とは

Wikipediaによると瞑想については以下の様に説明されています。
瞑想(めいそう、英:Meditation)とは、心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること、心を静めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらすことである。この呼称は、単に心身の静寂を取り戻すために行うような比較的日常的なものから、絶対者(神)をありありと体感したり、究極の智慧を得るようなものまで、広い範囲に用いられる。
瞑想とは「見えない世界を感じる事」の総称の様なものです。

私たちは呼吸に必要な物質として、酸素と二酸化炭素がある事は知ってはいても、それを肉眼で見る事は出来ません。

他の動物と比較して人間は大脳が発達しています。その理由は二足歩行を制御する事が必要であった事、そして手が自由に動かせる事により道具や複雑な作業などを用いて環境を創造する能力を得ました。

この能力により人間は、他の動物には創造しえぬ豊かな文明社会を築くことに成功しました。

そして今、人間は人間自身が作り出したテクノロジーやAIによる更なる変革の時代を生きています。今まで重要と考えらえていた学習能力や記憶力、精密作業は機械が代償する事になり始めました。

また現代社会を生きる者にとって、大量の情報が視覚的にも聴覚的にも入る様になり、複雑化することにより、ヒトは高い情報処理能力が求められる様になっています。

ヒトが瞑想をする事は、高度情報処理を必要とする日常を一時的に中断、離脱する事になります。
絶えず動き続けている脳の情報処理回路を一次的に中断し、内なる世界に意識のスイッチを変え普段とは違った部位が違った方法で使用されることは脳や身体に一時的な休息、補修の機会を与える事になります。

6.呼吸法、瞑想により期待できる効果

瞑想、呼吸法、マインドフルネス、ヨガ、イメージトレーニング etc…

近年、呼吸や、体の内側の感覚に注意と時間を割くことによる、
様々な効果について、科学的に検証が進められています。

以前は食生活、サプリメント、筋肉トレーニングや、運動、リラクセーション等の直接的効果を図るものと比べて検証の透明化が難しかった事はありますが、近年学術機関を中心に急速に関心が高まってきています。

いくつか効果について、推奨されているものをご紹介致します。

生産性向上
集中力向上
リラクセーション効果
睡眠効果
学習効果
認知力向上
EQ向上
ストレス軽減効果

これらについては、世界各国の学術機関において大規模研究が進んでおり、効果に対する報告が増えてきています。

7.呼吸法、瞑想の注意点

「休む」こと。
仕事や学業、人間関係に疲れた時、海外旅行などバカンスを選択する方は多いと思います。
普段と違う場所、行動を選択することで「脳を休ませられる」ことは学術的にも経験則でもよく知られています。

それと似た機序で、心身が休息している状態を作り出す事が身近でできるのが瞑想です。

呼吸法や瞑想は自己の内側にある現実と対峙する時間を作る事です。

瞑想により、平常時、常に活動している意識を一時的に無意識下へと意識の方向性を切り替えることにより、現実生活においてより意識が高まる事が期待できます。

先行研究でも瞑想に対する大きなデメリット、問題点の報告は確認出来ていません。

ただ臨床の分野にいた実感としては、
現実よりも幻想や、妄想に意識が働きやすい人にとって瞑想よりも、現実検討能力を意識する事が大切な場合もあります。
特に統合失調症や、双極性障害などの急性症状でセルフコントロールが効かない時期であれば、外界に慣れるまでは、専門知識や対応能力を有した専門家や介助者による、状態に合わせたプログラム、対応が必要です。

良い食物であっても食べ過ぎれば毒になりますし、体に合わない物を食べればアレルギー反応も出現します。
心身の状態に合わせてバランス良く、適切な方法で活用する事が大切です。

8.まとめ

インドからアメリカ合衆国ニューヨークに伝わった後、世界中で健康法として取り入れられるようになった「ヨガ」や、近年「マインドフルネス」「呼吸法」と呼ばれるような瞑想(Meditation)は、そのワークを通じて神秘的体験が出来るものとして、古来からブディズムやヒンドゥなどの宗教やスピリチュアルの世界を中心に行われてきました。

近年では、解析技術、検査機器の進化や研究手法の開発により、瞑想は、感覚と認知を結びつける「科学的手法」と認識され始めており、人間の心身への様々な効果が確認されています。

今までは単に精神的な事として片付けられてきた事が、科学的で効果的なエクササイズであると認識されてきました。
それによって、「無意識」による生体への影響に対する研究が進み、心身の能力開発へと積極的に活用される国や地域が増えています。

その理由の一端として、ディープラーニングや、強化学習に代表される人工知能(AI)研究やインターネットテクノロジー(IT)など、人の脳や行動を模倣した技術の研究の急速な発展と重なります。

アップルコンピューターの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏に限らず、今日では世界中で様々なIT関係者や起業家など複雑な能力を必要とする人々が呼吸法を生活に取り入れています。

煩雑で複雑化した現代社会を生き抜く私達は、気づかぬうちに交感神経優位で生活をしている事でしょう。
機械を持たずに自然と共に生きていた時代の人々と比較して何を感じて、そして何が変化してきたのでしょう?
私達が、日々の生活の中に「息を整える」「身体の内側に思考を向ける」時間を持つ事がこの地球において、そして未来に向けてどんな意味を持つのでしょうか?

「継続は力なり」

自律的な生体反応と意識の認識の調整が習慣化され、無意識下である自律神経活動が活用される事になるとしたら…

私達が瞑想法や呼吸法を継続可能な形で生活に取り入れる事で、まだ見ぬ先にある人類の可能性が見えてくるかもしれません。

プロフィール

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中西 一雄
セラピスト
作業療法士(Occupational Therapist)
WFOT(World Federation of Occupational Therapists)会員 
第2回 スウェーデン認知症国際カンファレンスDementia Forum X 参加メンバー
座右の銘は
「世の中を良くする人を良くする」
家族や友人、組織など、人の繋がりから、人と社会と自然環境を活性化し、人生を豊かにする心身ケアを推進中。

監修

山田 慶

作業療法士(occupational therapist)
専門学校教員

専門分野
作業療法(occupational therapy)

経歴
総合病院やデイケアで脳卒中を始め様々な対象者に作業療法を提供。現在は専門学校教員として、「その人らしさ」を科学し支援する作業療法の魅力を通して、学生本人が豊かな人生を歩んでいけるように日々模索中です。

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